14時46分、東北で大地震、津波発生
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数時間前に、なんとか帰宅した。
用事は午前中に済んだものの友人を送り、勤務先のグループホームに寄り、父の家にも行ってきたこと、とにかく道路が渋滞していたことなどで長旅となった(大げさか)。
途中、消防車や救急車に何度もすれちがった。国道1号は避けて、16号から環状二号を使って帰ってきたけれど、途中停電で、林間を行くようなところもあった。信号もマンションの明かりもない。警察が信号の代わりに交通整備をしていた。

環状2号を走りながら、脇の歩道を歩く人々に声をかけ、何人かでもピックアップして近くまで送ろうか考えたけど、悩んだすえ、やめてしまった。家では母が台所の漬け物のびんが割れたというし、とにかく家に帰ろう。

携帯電話はほぼ通じない。
テレビは、インターネットでも情報を流している。
テレビに情報が集約され、新たな情報が続々と伝えられている。特に東北地方の被害が大きいようだ。

横浜は、強く揺れた時で進度5。余震はあるが、家では猫たちは眠っている。

横浜駅では、電車とバスが止まっていた。改札は自由に出入りできるようになっていて、トイレを自由に使え、構内の全てのテレビモニターはニュース速報にチャンネルが合わせられているようだ。
駅の内外に、どこにも行くことのできない人々の群れ。

バスはいったん止まっていたようだが、夕方には運行を開始していた。
それでも、多くの人が、長い家路を徒歩で帰る、長い行列が続いていた。

誰も、混乱した様子はない。
多くのクルマも、多くの人の群れに配慮しながら、安全運転をしていた。

テレビでは多くのひどい状況が、続々と伝えられている。

宮城県には、父方の親戚が暮らしている。石巻市。
北上川は、海水が逆流して増水、100人を載せた船が沖に流され、仙台市荒浜では200から300の溺死遺体がでたという。

(写真は上大岡駅付近。バスを待つ人々)
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by sasanoel | 2011-03-11 23:30 | 横浜
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被災者も非被災者もともに平和で楽しく暮らせる社会をめざして。2011.03.11 ご連絡、記事についてのお問い合わせ、取材依頼は筆者までメールで。sasanoel@gmail.com
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