7月に、石巻を旅行します。
7月の中旬に、仲間と石巻を訪ねることになりました。
そこで、石巻へ旅行者として行くことで、地元に暮らす人々に対して何ができるのだろう?と考えます。

私以外は、みな初めて被災地に入ります。東京から、ひとりはアメリカから。数日間、旅行者として、この地を訪れてみます。
共通点は、非・被災者で、よそ者で、普段は障害者のスポーツの取材でつながるNPOのジャーナリストでもあります。どんな形にせよ情報を発信する立場では、いずれ自分の知り得たことがアウトプットにつながります。たとえば、読者の中に、これからはつねに被災した人々が含まれることでしょう。一人ひとり、これからにつながる旅行ができればと思います。



同行するひとりは、動物や子供に感心があり、同じテーマで活動されている人はいないか?と石巻の情報を探しています。そこで、石巻でドキュメンタリー映画を撮影する映画監督の青池憲司さんのことを思い出しました。
5月末に専修大で行われた制作発表会見には行けなかったが、阪神淡路のドキュメンタリーを記録した監督さんがのことが気になっていた。撮影のテーマは、「宮城からの報告~こども・学校・地域」
青池さんは、6月1日から石巻に住み、映画を撮影しているよう。

「被災地の記録、映画に…阪神大震災撮った監督」(2011年5月30日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20110530-OYT8T00712.htm

動物については、石巻動物救護センターが活動している。
http://ishinomaki-arc.jp/

まず石巻初めての人たちに、石巻市はどんなところか、どのように被災し、いま生活をどのようにしているのか、いろいろだが知ってもらいたい。私も、もっと知りたい。それは特別なお祭りのあるハレの日ではなく、努力や苦労もある、ふだんの日、日常の様子で、と思っています。今年は慰霊のイベントとしてやるという「川開き祭り(7月31日〜8月2日)」もみてみたいですが、晴れの日だけではわからない地元の空気を体験できたらと思います。


<被害状況の現状>
石巻は、宮城県内でも最も死者・行方不明者が多い。被害が大きいだけに、情報発信がおくれているのではないでしょうか。

現状を伝える記事がありました。
「石巻、不明者確定せず 安否確認、市民の手で」(毎日新聞 2011年6月25日 地方版)
http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20110625ddlk04040107000c.html

これまで、私が何度か訪れた石巻では、避難所暮らし、なんとか無事だった2階で暮らす、津波が来なかった場所でも、停電や断水などから徐々にライフラインが復旧していった様子を目の当たりにした。土日の週末にもかかわらず、市役所は業務を行い、路上ではガスや水道の工事が行われていた。ようやく学校がはじまる子供たち・・。ある5月の朝、石巻駅には牛乳屋さんが営業を再開、路上で道行く人に通常より少し安く商品の牛乳やヨーグルトを提供していた。駅前のラーメン屋さんは、大サービス・メニューの300円ラーメンを出していた(お腹が空いていたので、ずうずうしくもご馳走になってしまった)。そんなふうに、日々、少しずつ変わって、3ヶ月が過ぎた。

6月に入ってから、漁港にも近い湊地区で旅館を再開しようと、目標をもって取り組んでいるご夫婦にお目にかかった。
当たり前のことだが、「旅館」といえば、旅人が休むところだ。被災地で食堂や旅館が復興するには、お客さんが必要だ。しかし、被災地のど真ん中といえる場所で、残った家々で、助け合って暮らす人々の姿もあるところに、どんなお客さんとなることがいいのだろう。
「以前からボランティアや工事関係の人からの問い合わせはあった」とご主人はいう。彼らは、泥だしなどの作業で疲れたあと、テントで暮らしている。みな被災者支援のために来ているのだから、当然と言えばそうかもしれないが、現実は、手伝ってもらった人も、汚れを落として、休んでもらいたいと思うのが現地でのムードではと感じる。商売で利益をあげるという以前に、できるところから、本来の機能を回復していくことが復興のはじまりと思う。

<原発問題>
もうひとつ、石巻には女川原発がある。
津波で大きな被害をうけた地域でありながら、原発の問題にも関心が高い。

原子力発電を考える石巻市民の会
http://shiminnokai.info/

この会で6月20日に更新された記事は、原発労働者の問題が現実に迫る問題として提起されていた。
「内閣府の情報公開審査会、部分開示を答申」
http://shiminnokai.info/cat67/post-26.html

女川は、2005年の合併で石巻に合併されなかった。実際どのようなところか?
以下、女川町の震災前の様子がわかる。

「生まれ、育ち、子も授かった女川の地で、永遠の眠りにつきたい」
http://izumibunko.heteml.jp/renrakukai/movie/slide01/slide_onagawa.html

滞在は、7月15日出発で2〜3日を予定しており、まだ宿泊のことなどは決まっていない。
1日は市街地で、1日はネコたちに会いに田代島方面へ行きたいと思っています。
周到な準備はありませんし、詰め込みすぎないようにと思っていますが・・こんな旅の一行にお勧めのこと、異論や疑問などがありましたら、ぜひ、およせください。
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by sasanoel | 2011-06-26 16:50 | 取材ノート
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被災者も非被災者もともに平和で楽しく暮らせる社会をめざして。2011.03.11 ご連絡、記事についてのお問い合わせ、取材依頼は筆者までメールで。sasanoel@gmail.com
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