高円寺ちゃぶ台TPPストリートミーティングが妨害にあい、退場へ?! 〜言論と集会の自由について〜
おはようございます。
エドワード・スノーデン氏の逃亡でアメリカでも言論の自由がおびやかされています。もしかしたら、もう日本では個人の独特な発言などできなくなっているのかもしれません。KYなブログを書いてみます。

今の日本人の言論・表現の自由はどうなっているのか。
ご家族に公務員や政治家がいたり、大手企業勤務、フリーランス、ライブワーカー、何かの活動してる人、事業経営している人、病気にかかっている人、アスリート、順風満帆な人、そうでない人などで感じてる状況はちがうかもしれませんが、ブログはもちろん、Facebookも監視され、市民の意見までが広告代理店の商材として重視されるようになっています。

一方、理想的な社会をめざした日本国憲法も、戦争ができるように変えようという案が現政権から出されています。「知らなかった」で、戦争に向かう社会に貢献している人けっこういると思います。
一度詳しい説明が必要だし、市民はいまこそ、ちゃんと市民としての役割をしないとって思います。

デモが好きでしょうか? いずれにせよ、発信しなければと思うことはあります。デモを含めさまざまな方法で、立場で、発信し、伝えていくことが大事で、妨げられてはいけないと思う。

柄谷行人さんの311後のデモの際に書かれた文章の抜粋です。

「デモをすることが当たり前だというふうになればいい。「就活嫌だ」のデモでいい。「職をよこせ」のデモもいい。デモをやる理由は無数にあります。今の日本企業は海外に移って、日本人を見捨てています。資本はそうしないとやっていけないというでしょう。しかし、それは資本の都合であって、その犠牲になる人間が黙っている必要はありません。異議申し立てをするのは、当然のことです。それなのに、デモのひとつもできないのなら、どうしようもないですね。誰かがやってくれるのを待っているのでは、何もしないのと同じです。」
反原発デモが日本を変える
http://www.kojinkaratani.com/jp/essay/post-64.html



言論や集会の自由は憲法で定められた国民の権利ですが、法律どうのより、自由な発信がしづらくなっていくのはイヤです。憲法を持ち出してもどうにもならなくなってきたことはおおきな問題と思います。
議論が必要な多くのことを日本ではタブー視してきたため、問題解決が遅れたと思います。議論をかさね、考える必要のあることを日本人は怠ってきたと思います。それにより、核廃棄物という今世紀中に解決できない大問題を抱えてしまいした。

農家、さかな屋のおっちゃんが食の担い手として感じている不安があれば、正面から解決するのが社会づくりではないでしょうか。それを手間ひまかけて環境問題にし、政治と経済の文脈で議論を繰り返し、当初の的をはずし、健康問題(実害の問題)よりも風評問題(情報の問題)だなどとすり変えてしまう。結果多くの人が、健康・風評・経済と、ダブル、トリプルパンチに苦しんでいます。問題の当事者をいれない議論だからではないでしょうか。外国人がら見たら、日本人の自作自演です。こんなことのために税金が使われる国に住みたいですか。

一人でも、二人でも、ふと感じること、小さく願うこと、さまざまな人にとって問題解決につながるアイデアが妨げられず、多くの人に開示、共有され社会へ反映されていくことを願います。


前置きが長くなりましたが、本題です。
TPPの推進に疑問や不安をもつ人で話し合う"ちゃぶ台"イベント「TPPストリートミーティング」が酔っぱらいとダンサーなる人物に妨害され、警察に退場させられたそうです。
見知らぬダンサーがあらわれ、見知らぬよっぱらいを連れて来て、ひとりでその場を離れ、警察に「酔っぱらいが騒いでいる」と通報したのだそうです。鵜呑みにする警察も警察です。なぜ飛び入りの通報者が正しいとなるのでしょうか。まるで原告と被告が不正に逆転した裁判ドラマですし、なにより憲法を侵してまで集会を取り締まったり、(やらせ?の)酔っぱらいを排除する必要あるでしょうか。だとしたら、警察も確信犯なのでしょうか?ますますドラマチックに悲劇です。

このストリートミーティングに私も2度ほど訪ねたことがありますが、酔っぱらうような話はしていませんでした。話題が真面目ですし、きわめてソフトで、どんな見当違いの話を多くする人がいても、真剣にきき、話をさえぎることのない優しい人々と感じました。反原発を訴えるデモを官邸前などで行なっている人々ですが、みな大きな権力の壁に疲れて、気の毒でした。彼らのような人々が疲弊して力を失うのはよくないと思いました。

311後、これまで見ようとしなかった世界が気になり、市民が社会への疑問を投げかけようとするのをこの目で確かめようと何度かデモや議員会館での抗議を見てきました。そこには疑問を通り越した現実の証言と、助けを求める悲痛な叫びがありました。
市民ということを、20年以上前に広島で考えて以来、考えました。私は、政治や経済のことを詳しく知りませんが、そういう人も多くいると思うので、あたりまえのことですが、書いておきます。

まず、憲法にも保障された言論の自由や集会の自由など基本的な情報発信が守られることを願います。少数でも大事な願いがあれば、その実現のために働く人をきちんと評価し、選び、自己責任を乱用せず、実現にむけて協力しあえる社会をのぞみます。
[PR]
by sasanoel | 2013-07-03 10:50 | 東京
<< 木村潤平・秦由加子がやってくれ... オープンウォータースイミング教... >>


被災者も非被災者もともに平和で楽しく暮らせる社会をめざして。2011.03.11 ご連絡、記事についてのお問い合わせ、取材依頼は筆者までメールで。sasanoel@gmail.com
by sasanoel
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリ
全体
横浜
東北
スポーツの前後左右
ボランティア
取材ノート
記事リンク
東京
ヒロシから
動物
福島
作品から
記者会見から
反原発
トライアスロン
TOKYO2020
ササノエルカフェ
以前の記事
2016年 02月
2016年 01月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 05月
2014年 10月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 03月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
リンク
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧