カテゴリ:横浜( 17 )
新媒体創刊予定!
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「パラスポーツ」と「横浜の街」を伝える、もうひとつのスポーツ・アート誌「ritrattos/リトラット(仮)」を、2015年3月15日(横浜マラソン)創刊に向け準備しています

<創刊主旨>
日本は、1964年東京、1998年長野、そして2020年東京パラリンピックを開催する。
6年後の近未来にむけて、開催地・東京に隣接する横浜の人はその感性をどう磨くか。
2008年の五輪候補地に立候補した時、パラリンピックへの熱い想いを秘めていたのが「横浜」。ワールドトライアスロンシリーズで3年間パラトライアスロンを開催してきた実績ある、国際障がい者スポーツのホストシティである。
私たちは見つけ、感動して伝えたい。そして横浜の街にスポーツを楽しむ人々の風景を創りだしたい。横浜の街に暮らす、あるいは行き来する人々へ、パラスポーツの楽しみや選手の生き方、異彩を放ちきらめく奇跡の瞬間を届けたい。見つけ、学び、知らせる。私たちは未来へのトランジッションを成し遂げていく。

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【創刊号編集内容】
写真報道:2014年パラトライアスロン特集/肖像写真とインタビュー選集:スポーツする人/創刊によせる想い「横浜写真・森日出夫×パラフォト代表・佐々木延江」ほか
AB判 36頁
発行元 PARAPHOTO NPO法人国際障害者スポーツ写真連絡協議会(パラフォト)
メールアドレス info@paraphoto.org

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写真:PARAPHOTO/RYO.Sato
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by sasanoel | 2014-10-04 14:17 | 横浜
残暑見舞い申し上げます
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暑い日が続きますが、お変わりなくおすごしですか。
先日、神奈川新聞の花火を観に行きました。
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by sasanoel | 2013-08-11 12:13 | 横浜
オープンウォータースイミング教室、海の公園の週末
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6月1日(土)。元エリート・トライアスリートの滝川満弘さんにお誘いいただき、朝から海の公園(横浜唯一の砂浜、人工海浜)で、オープンウォーター教室を見学してきました。

「横浜トライアスロン研究所」を主催されている滝川さんのFacebookページの投稿で「オープンウォータースイミング教室」を知り「障害のある選手も参加しているのかな?」または「参加できるのかな?」と、問い合わせてみました。
(5月12日のパラトラを観て、生涯スポーツとして挑戦する障害のある選手がいないかな?と。)

教室の主催は横浜トライアスロン協会で、とりあえず事務局に問い合わせてみたところ、以下のような返事をもらいました。

---ここから
横浜トライアスロン協会では、障害のある方にもご参加いただける教室でありたいと考えております。
お手数ですが、以下の件について確認させてください。

参加ご希望の方はトライアスロン大会に出場したことはございますか。
カテゴリー(TRI1~6)はどちらですか。
ハンドラーまたはガイドの方はご同伴いただけるのでしょうか。
砂浜での練習に伴う器具装着時の問題はございますか。

(前後省略、そのまま抜粋した文章です。)

---ここまで

どうやら、わたしはパラトラ選手の代理で問い合わせしてきたと受けとられたようでした(汗)。。NPOの取材者という立場がすぐに理解されないのはいつものことです。
おせっかいなので、頼まれたらもちろんOKですが・・まぁ大抵は選手が自分で問いあわせすると思います。

「パラトライアスロン」は世界トップをめざすカテゴリーですが、現状、その最高峰の横浜大会は今年3度目で、まだ25名しかエントリーがありません。

一方、歴史の長い「エイジカテゴリー」(いわゆる一般の部)には、たくさんの障害のある選手も参加しています。それが、トライアスロンの良さなのだな〜と、ここ1年くらい感じていました。
障害があっても、健常でも、弱みや強みがあるなかで、みな同じ土俵で競うことができる。障害のあるアスリートにとっては、まさにやりがいのもてる競技なのでは?と、選手の想いを想像してみたり。
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話を少しずらします。
日本のスポーツがトライアスロン発祥の欧米とは違い、障害者のスポーツが健常者のスポーツと分けられて進められてきた文化があることを、愛好者は意識している必要があると思います。無自覚のなかで、区別し、エイジカテゴリーへの障害者の参加が阻まれるようなことがあってはだめだと思うんです。

トライアスロンの魅力を知る人が、このスポーツ全体を素晴らしい競技として広め、高めていくうえで、スポーツとしてバリアがあれば、自分たちの文化として再構築することが必要と思います。それを横浜の当たり前にできたらいいなというのは、パラリンピック取材者の夢ですが、そんなふうに横浜の良さとして伝えられる日がきたらいいなと思います。
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さて、この日の教室には、週末(9日)NISSAN CUP 神奈川トライアスロンに出場するという市民アスリートなど、24名ほどが参加していました。募集要項には初心者向けとなっていましたが、試合出場直前講習のような感じもありました。

当初、「初心者向けの募集なのに、障害があると、国際クラス分けが問われるのかな?」と。障害者への敷居が高いように感じたのですが、いずれにしても、参加したい人が主催者と話しあうことと思いますので、ぜひとなたか問い合わせして、イノベーターなんてじゃなく、自然に参加してみてはどうでしょうか。(そして、いざ参加するとなったときは、撮影に誘ってほしいです!)
行政や運営委員がどうできるか、正直まだわかりませんが、スタッフの中にはブラインド選手のガイドの経験のある方もおられました。帰りがけに「トライアスロンは誰にでも楽しめると思う」と滝川さんも言ってくださったのは、何より心強いことでした。

滝川さんのほか、ゲストに、ニュージーランドに16年住んでいるという、元アイアンマン・エリート選手の堀洋子さんご夫妻、ライフセーバーさんは、メッセンジャー(自転車競技のひとつ)に参加したこともある方など豪華キャスティングに思います。

トライアスロンについて教えてもらったこと
(他にもあったと思いますが・・)
・自然が相手のスポーツで、安全第一であること
・海での練習は監視員がいる環境ですること
・仲間に手伝ってもらうこと(ウェットスーツ着用時など)
・3種目を足したものではなく、トライアスロンという競技であること
・カヤックストロークが基本
・スイムでは休んでもいい(バイク、ラン対策)
・止まって目標を確認したほうがまっすぐ泳げるしパニック回避にもなる
・競泳とオープンウォーターは別もの
・楽に泳ぐ
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なにしろ、触れ合ってみるのが一番だと思います。
楽しいひとときでした。ありがとうございました。
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by sasanoel | 2013-06-04 13:27 | 横浜
さくらワークスで石巻ランチ会
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久々、かつ、今更の更新となります。
4月16日月曜日、昨年石巻の花見で知り合った友人の共同オフィスでもある、さくらワークスにお邪魔してきました。石巻産の食べ物をいただく「ランチ会」があるというので。

主催していたのは、K2インターナショナル(本部/横浜市磯子区)。
運営者の岩本真実さんは、ニートやひきこもりなど、自立に悩む若者たちを支援していた。震災のあった昨年4月、宮城県石巻市への復興支援活動にK2で支援を受ける若者といっしょに参加した。この時、支援される側にいた人が、支援する側になるという体験をしたという。ランチ会は、このK2の活動を知らせるものだった。
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K2では、震災後の昨年4月より石巻への支援活動に参加。現在、渡波地区にK2ハウスをもうけ、長期滞在しながら、がれき撤去や地域の御用聞きなどで、仮設住宅や老人ホーム、小学校等に訪問し、交流、就労体験などを通じて人と人のつながりを求めた活動を行なっている。

この日、さくらワークスを訪れていたのは、ソーシャルビジネスに関心のある人々や市役所を退職したプチ市民活動家など。昼休みの時間帯でもあり、地元の人々が多く集まっていた。
ランチ会であって、石巻の食材で作られたお弁当やお寿司がたくさんならんでいて、会費は800円。40人くらいの参加者が思い思いに手を伸ばし、おなかを満たしていた。K2の利用者らしき人にはあえなかったが、石巻に創刊されるという石巻経済新聞の記者をするというライターの方にお目にかかった。石巻の出身である。

K2インターナショナルの「石巻復興+若者支援プロジェクト」は、人と人の一過性でないつながりを求めてこれからも続けられるとのこと。

石巻震災復興×若者支援プロジェクト
http://nw.k2-inter.com/ishinomaki/
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・・・と、ただ石巻のランチにありつこうと潜りこんだところが、東京新聞さんも取材していたようで、新聞に使われた写真に写ってしまった(汗)。。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/20120417/CK2012041702000113.html
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by sasanoel | 2012-04-20 21:08 | 横浜
石巻の反原発家・日下郁郎さんの写真展
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2011年の福島原発災害をうけて、2012年の始まりに緊急開催された「脱原発世界会議 2012 YOKOHAMA」は、1万1500人の来場者、20カ国から50名のゲストを迎え、国内外の市民活動による思い思いのもちこみ企画が100団体から披露され会場を埋め尽くしたていた。また国内約140社・海外約40社のメディアが取材した。
事前の情報はホームページ、メーリングリスト、ツイッターなどのソーシャルメディアを使って行われ、会議の中継は横浜市民放送局、OurPlanetTVなど、市民メディアが担った。

弁護士の河合裕行さんは、15日のメインホールでの原子力資料情報室主催の集会で次のように訴えていた。
「これまでの日本の54基の全国の原発に関して、再度、全て差し止め訴訟を起こしてください。311以降は、原告がいっていたことが本当になった、真剣にむきあおうと裁判官が真剣に話をきいています。
世界平均の100倍の率で地震が発生する日本は、原発を止めたドイツに比べ原発の危険性も100倍。CO2と放射能とどっちが嫌か、考えてみて欲しい。「脱原発依存」しながらゆっくり自然エネルギー社会をめざすなんて優調なことではダメです。明日事故おきたらどうしますか? 浜岡が再稼働して、東海地震おきたらどうしますか? 日本の原発はいま止めるべきだ」

震源により近い、女川原発周辺の市民活動を知る写真展
当然のことながらフクシマ一色のイベントだが、311の震源に近い女川原発がどうなったのか、そして女川原発を擁する石巻・女川の反原発の市民は、何を言おうとしているのかに目をむけてみることは、原発問題の全体をみるとき重要な視点だと思う。

福島の事故で電源喪失や放射能漏れ、メルトダウンといった深刻な事態を招いた、震災直後の原因が津波によるのか地震によるのかの議論があるが、いずれも過去の原発裁判で指摘され、何度も想定されていた備えを怠ったための人災であることは間違いない。どれだけ電源喪失に備えても、高い堤防を築いても、それを上回る災害はいつ起こるかもしれない。
「女川は無事だった」という報道のみなされたが、それが印象づいてしまうことはこれからの防災を考えるとき、とても危険な感覚として残ってしまう。実際は、港から400メートルのところにあった県原子力センターも、国の災害対策施設(オフサイトセンター)も、そして放射線量を観測するために牡鹿半島全域にいくつも設置されていたモニタリングステーションも流され、使用できなくなっていた。多くの原発システムが機能しなくなり、事故から1年が過ぎようと言う現在もそのままだ。

石巻に住む反原発の活動家・日下郁郎さんの自宅は被害をまぬがれたが、地震による津波で漁村や港に近いところに住む親戚を4人もなくしていた。
女川原発建設反対の原告団として裁判に負けてからも、防災計画の策定に関わり、原発に反対する活動を続けて来た。日下さんが伝える写真展がメインホール入り口付近の小さなスペースで行われた。

展示された写真は、311後に自転車で女川へ行き、震源に最も近いところにある原発施設の津波被害の状況をはじめ、津波に傷つけられた街や浜々、人々のいとなみの多くが流された記録である。

忘れたいこと、受け入れがたい風景に背をむけず、メディアが伝えなかったこと、覚えておかなくてはならないことを伝えようと、撮っていた写真をようやく見つめ直しての被災地からの大切なメッセージだった。

東日本大震災後はじめての脱原発の国際会議の主役はフクシマだったが、地震・津波について考えるとき、やはり忘れてはいけない視点だろうと思われる。311後、震源に近い女川原発が真っ先に心配されたように、日本の多くの沿海の地にある反原発活動として、日下さんたち石巻・女川の人々の津波による被害は、これからも伝えていかなくてはならないと思った。


写真:写真展「3.11の津波で崩壊した女川原発の放射能・放射線監視システム」を企画した原子力発電を考える石巻市民の会の人々。中央・日下郁郎さん、左・近藤武文さん
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by sasanoel | 2012-01-19 13:54 | 横浜
脱原発世界会議、その2 日下さんの写真展で会いましょう
年末から、世界原発会議にもちこみ企画で参加する、石巻の原発反対の活動家・日下郁郎氏の写真展のお手伝いをしていました。昨日、写真出力をしましたが、ようやく日下さんの言いたいことを展示できるようになったのかなと思えて来ましたので、こちらにもお知らせしたいと思いました。

「福島第一原発の放射能漏れに関する原因は、津波と言われてきたが、本当は地震によるものたった」ということは、ずいぶんまえから反原発の人々の中で叫ばれてきました。わたしも、このことを問いただす院内集会も見て、原子力保安院や原子力安全委員会の方々が言葉に困っている様子をこのブログでもお伝えしたことがあります。

そのように、いま、反原発の人々の中では「福島地震説」を明るみにしようという動きがあるのに、今回の展示はあえて「津波」をいうことを言おうとしています。

女川原発は、東日本大震災の震源の地域、石巻市と女川町にまたがって立地していますが、原子炉施設のダメージはなかったと伝えられています。しかし、実際は、原発から8キロ、海岸から400mのところにある、宮城県原子力センターとオフサイトセンターは壊滅、牡鹿半島に点在するモニタリングポストも大半が流されていました。

世界に目をむければ、津波も地震も、東日本大震災をはるかに超える規模の災害が起きています。スマトラ沖地震では東日本大震災の10倍もの被害者を出しているということです。日本でも、今後、もっと大きな津波も地震もないとはいえることはありません。
反原発世界会議と、「原子力ムラ」という言葉や存在に対して、「反原子力ムラ」をつくっても仕方ないのだろうと思うし、人間の都合の文脈などは、防災を考えるうえでもっとも考慮してはいけないものなのだろうと思います。

石巻・女川に住む人々と、地域で反原発の活動を続けて来た日下さんは、311の津波で4人もの近しい人の命を奪われました。長年の反原発の活動に揺らぎはないと言っていますが、いま、これからの活動をあらたなものに変えていく大きな力にはなったのではないでしょうか。それは、どんな言葉にできるのでしょうか。まだできずにいるのかもしれません。

震源の地で、原発事故には至らなかった巨大津波ですが、その猛威は、原発関連施設の多くを、石巻・女川の浜浜同様に破壊へと導きました。その惨状と、当地の人である日下さんの心境をこの写真展は伝えてくれるものと思います。

ぜひ、パシフィコ横浜へ、日下さんの展示を見に来てください。

お知らせがギリギリとなってしまいましたこと、また、現時点でもなおどのような写真展になるか、お手伝いした私自身もはっきりとはお伝えできませんことを、お詫びいたします。

会場でお目にかかれる方がおられましたら、ぜひご連絡くださいますようお願い申し上げます。
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by sasanoel | 2012-01-13 09:25 | 横浜
脱原発世界会議、パシフィコ横浜であいましょう!
本業の活動(障害者のスポーツを知り・知らせるNPO団体)で、ここ1ヶ月の投稿ができなかった。とは言い訳で、いつもバタバタしていることにかわりはない。この間も、わたしにとって重要な時間だった。

「日本は長い過渡期を迎えている、そこに立ち会っている」と、2011年12月16日、夕暮れの早稲田でお会いした野中さんは言っていた。ただひとに会う時間に、力をもらえる。もちろん相手にもよるけれど。
いまは私自身の心も大きな過渡期にあると思う。不意にそうなってきたのではなく、もともとテーマにしていたこと、知りたい、知らせるということを、311後はより考えるようになった。

このブログをつくってみたけど、知らなくてはいけないことがたくさんで、理解が追いつかない。大事なこと、難しいことをそのまま書いてみたり。書けないからと、気にして途方に暮れているうちに、あらたに気になることもおこり、どんどん深刻になっていく気がする。

わたしはこれまで、まわりの人に支えられて、その中心にちいさな自分を立たせて、未知なところへ歩かせているという感覚があった。もし方向を間違って、逃げるとすると、支えてくれたひとたちも、一緒につれていくことになってしまう。責任重大なのだ。
吹けば飛んでいってしまうほどの小さな活動を数人でやってきたにすぎないけれども、けして、ひとりではできなかった。
ごめんというべきなのか、ありがとうというべきなのかはいずれにしろ説明つかないけど、きまっている。

(さて、今日はわたしの誕生日で、朝からちょこちょこメールや電話をいただいて嬉しい。年が増えるということ以外は・・汗。ありがとうございます。)

タイトルとぜんぜん関係ないことを書いているけれども、そろそろ本題に。

来年1月13と14の週末、パシフィコ横浜で脱原発の世界会議がある。
大きな会場を、市民団体6団体が借りて、全国の市民に参加を呼びかけている。主催団体が用意する10人のキーパーソンによる基調講演のほか、東北を中心に、原発立地県などの反原発の活動家らの「もちこみ企画」で約100団体が参加する。市民団体どうしの横のつながりによる、ひとりひとりの市民に対する発信がメインの、国際イベントだ。

ジャーナリストが大切と思う一方で、日本ではもう媒体が権力に押さえられているため、ジャーナリズムは機能不全に陥っていると思う。市民は、自分たちの目で確かめ、隣人と話しあい、自分たちのことをきめていく時代なのだろうと思う。

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開催に関する記者会見は、12月22日に神奈川県庁舎で行われた。
「2012年の冒頭で行いたい。国際会議をやるには時間がないと思ったが、2012年をどうやって希望をもてるか考えるにはこの時期がよいと思った。
場所は、東北で開催するのか、関東でやるのか検討したが、東北ではまだ国際会議をやる状況が整わない。やるからには社会的にも政治的にも大きな意義をつたえたい。それで、パフィコ横浜にした。首都圏の中ではもっとも国際会議場としてすぐれているし、世界の港とつながっている」

国際会議というが、多くの地元の人々に気軽に参加してもらえたらいいと思う。これまで、テレビのインタビューコメントなどでしか見てこなかった福島の放射能の怖さや、東北の被災地の人々の生々しい声と交流する機会になると思う。テレビや雑誌の中の世界ではないことが、よくわかると思う。

自分たちの生活の中ではそんなことは起きないと思っているわたしのお母さん、、とくにあなたに。
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by sasanoel | 2011-12-24 17:10 | 横浜
ガイガーカウンターの使い方初心者講座
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8月28日(日)、横浜赤レンガ倉庫で開催されているDAYS JAPANの写真展で、放射性物質測定ののワークショップが行われるというので行ってきた。
チェルノブイリ取材で有名な写真家・広河隆一さんの企画で、初心者向け講座のため、会場には70名近くの老若男女が訪れていた。

福島第一原発の事故で放出された放射能がどれくらいのものなのか、高濃度の汚染地帯と思われる被災地は大丈夫なのかと心配する一方で、東京や横浜ではどうなのか、何が計れて、計れないのか。関心は高まっている。

この機器の日本での取り扱いをしている株式会社アドヒューテック社より、放射能や測定の基本事項、計り方の説明などが行われ、その後、5名1組のグルーブに1つのガイガーカウンターが渡され、それぞれ赤レンガ倉庫周辺の観光地で1時間程度、4〜5カ所の線量調査を行った。

測定に使われた放射能測定器は、チェルノブイリから避難してきた人がたくさん住んでいるベラルーシ製のポータブルガイガーカウンターAT6130Cを使用した。このガイガーカウンターではガンマ線を計る。
たまたま、私の参加したグループに、RADEX社製のβ線を計るマイ・ガイガーカウンターを持っている人がいて、同時に計測できたことはラッキーだった。

計り方は、10センチと1メートルのところに印をつけた棒で、地表からの定位置をきめ、スイッチをいれた線量計の値が安定するまで待つという簡単なもの。この時、測定に異常がおきたり、線量が高すぎる場合は警告が鳴る。

赤レンガ倉庫周辺の放射線量は、以下のとおり。

8月28日、正午から1時間以内。地面から10センチと1メートルの高さで測定。

<AT6130C γ線>
◇1回目:2号館裏の芝生
 10センチ=0.14μSv/h、1メートル=0.09μSv/h
◇2回目:2号館裏岸壁(石畳) 
 10センチ=0.1μSv/h、1メートル=0.09μSv/h
◇3回目:2号館裏回廊(コンクリート)
 10センチ=0.1μSv/h、1メートル=0.06μSv/h
◇4回目:2号館裏木の脇
 10センチ=0.09μSv/h、1メートル=0.07μSv/h

<RADEX β線>
◇1回目:2号館裏の芝生
 10センチ=0.21μSv/h、1メートル=0.16μSv/h
◇2回目: 2号館裏岸壁(石畳)
 10センチ=0.12μSv/h、1メートル=0.13μSv/h
◇3回目:2号館裏回廊(コンクリート)
 10センチ=0.14μSv/h、1メートル=0.12μSv/h
◇4回目:2号館裏木の脇
 10センチ=0.16μSv/h、1メートル=0.10μSv/h

以上が測定結果。
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測定を終えて会場に戻ると、他のグループの参加者が質問を寄せていた。

私のいたグループは、線量計のスイッチを測定ごとにオフにして再起動していたため、他のグループより測定に時間がかかってしまったようだ。どうやらその必要はなかったようだ。

最後に、「内部被爆を測る機械はないのでしょうか?」との質問があった。
線量計は、放射性物質を計り、被ばくは測定できないとのことだ。ホールボディカウンターなどの機器でも、体内の放射性物質の量は測れるが、被ばくは測定できないという。体内に放射性物質があるということは、被ばくではないのか?このことについては、感染と感染症みたいなことなのだろうか。また、わからなくなって、時間切れとなった。
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by sasanoel | 2011-08-29 14:19 | 横浜
「希望」ブランド、横浜駅西口で
JR横浜駅西口で、8月8日から東北物産展が行われている。
商品にはみな「希望」の文字がパッケージングされているが、それ以外は、JRの駅でよく見かける出張販売のいでたち。売り子さんも東北の方ではなく、都内からきているということだった。
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写真の「木の屋石巻水産」は、石巻魚市場周辺にある水産加工の工場。震災で工場は全壊したが、倉庫に残っていたサバやクジラの缶詰についた泥を社員の方々が洗い流した。パッケージはなく、ところどころ缶に傷やへこみがある。
今年5月の花見で木の屋の社員さんにお会いしたときは、「中身は無事だったんですけど、もう商品にはならない・・」と、言っていたが、その津波で被災した缶詰を「希望の缶詰」として復活させた。横浜の会場にも並べられていた。

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「丸平かつおぶし」は、門脇1丁目にある。工場の3階部分がかろうじて無事だったために、そこでかつおぶしの生産を再開したという。物産展の売り子として来ていたのは、同社の経営者の娘、小林さんだった(写真・キャンペーンTシャツを着た小林さん)。現在は埼玉県に住んでおられるが、震災に関して(埼玉の)ご家庭内では温度差が生じているという。

疑問になっていることを口にした。
「放射能は大丈夫なのですか?」
ぶしつけな質問だと思う。が、政府発表が遅れている状況で、海も平野も放射能に汚染されている。たまたま大きく報じられた牛肉は規制があるが、もはや豚肉だから、魚だから大丈夫と都合の良いことを考えていられるだろうか。

「宮城は大丈夫ってことで・・。」と小林さんはいうが、放射能測定を行っているわけではなく、不安そうだった。それでも、小林さんは希望のかつおぶしを売っているし、私も1つ買って帰った。

今日のニュースでは千葉県の米農家で米の測定が行われていた。関東地方の浄水場でも放射能が検出されている。関東の水も福島の事故以来汚染されていたという現実を突きつけられた。そして、安全だという報道をどうとらえていいかわからない。
自ら現実を知る事は、厳しいことだが、安全を見極める作業でもあり、意識の高い顧客から食品への信頼を取り戻す必要があると思う。逆に言うと、それがなくして復興というのは、片方の目はつぶって良いところだけを見ようとしているようで無理がある。消費者と生産者の間にとりかえしのつかない溝を深めてしまうだろう。

「希望」というブランドが、消費者の無知や表面的な善意をターゲットにしていくつもりでなく、本当にいい形で復興をとげていくためには、一般家庭に先駆けて企業が安全への意識を高めていくことが重要だと思った。

JRの祭事場は、「復興支援」と称して、震災特需にあやかるだけにも見える。
公共企業であれば、企画そのものが復興支援となるよう、商品の品質の高さをアピールできるものでありたい。
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by sasanoel | 2011-08-12 09:49 | 横浜
再会そして、野毛の真ん中でビール!
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5月1日に日和山(石巻)で行われた花見で知り合った、横浜のデザイナー・佐藤サン。もとは同じ業界ということで、帰ったら横浜で会おうという約束だった。その約束が実現し、昨日は関内にある佐藤サンのオフィスにお邪魔することになった。

ここは、佐藤サンらデザイナやフリーの都市コンサルタントが雑居していて、図書やお互いの情報を共有できる。地域サイト「横浜経済新聞」の編集部でもある。位置的には、山田ホームレストランの上、といえば、関内に在住・在勤している人ならすぐわかるだろう。

佐藤サンは「くるくる関内」というプロジェクトで、ちょっといやかなり斜陽な街・関内(sasanoelの感覚)の振興をもくろんでいる。
同時に、石巻出身である彼は、蔵元支援として、石巻の被災した蔵元と関内の繁華街を同時に復興させようというつもりらしい。石巻のお酒を関内で紹介し、お店がお酒を気に入ると直接蔵元に紹介。売り上げの一部を義援金として集め、さらに蔵元の復興を支援するという活動をしている。
「石巻にはたくさんの蔵元がある。できることなら、被災のために事業をあきらめかけているようなところを支援したい」と佐藤サンはいう。

オフィスには、土曜日ということもあるのか、ゆったりとした時間が流れていた。数組のお客さんの出入りもあって、お互い紹介しあったり、とにかく人の出会いを大事にした雑居オフィスなのだ。

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夕方になり、佐藤サン、横浜経済新聞の方々とオフィスに入居している外交官志望の学生さんらで、吉田町のビアガーデンへ行く事に。野毛の商店街を閉鎖して大きな夏祭り+ビアガーデンをやっていた。地元のお祭りはどこか堅苦しい感じもするが、ビアガーデンと言えば開放的なイメージになる。

行ってみると、地域のお祭りによくあるような、やきそば、わたがし、ヨーヨーつりのようないわゆる「テキ屋さん」の屋台がない。商店街(飲み屋が主)のお店がそれぞれのキッチンから運んで来るさまざまな食べ物でにぎわっていた。
通りにはパイプの長テーブルやイスがならべてあり、盆踊りにしては低いやぐら(やぐら風お立ち台か・・)とその回りをゆかた姿の地元の老若男女が踊る。沿道には、通りがかりの人々や観客が手拍子や拍手を送っている。おじさん、知り合い?じつに楽し気だった。

大げさな準備は何一つなく、普段の商売の延長のなかで、より多くの人が楽しめる。横浜にふらりと来ていた観光客も、地元の人も、いっしょに街とビールを楽しめる。
ゆかた姿の女性が多く、ビアガーデンに花を添えていた。

「吉田まちじゅうビアガーデン」は、8月20日にもまた開催するという。時間は、16時〜21時まで。観光の街・横浜ならでは、ジャズの街・野毛でのビアガーデンだから、もちろん、ジャズ・ライブも。
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by sasanoel | 2011-08-07 16:07 | 横浜


被災者も非被災者もともに平和で楽しく暮らせる社会をめざして。2011.03.11 ご連絡、記事についてのお問い合わせ、取材依頼は筆者までメールで。sasanoel@gmail.com
by sasanoel
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