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老女の奮闘。ポーランドから尊厳のある食事とは? 「暖かいスープを召し上がれ」
ポーランドでミルクバー(低所得者向けのレストラン)を経営している老女・ダヌータのNHKドキュメンタリー「暖かいスープを召し上がれ」(制作・スウェーデン)を観た。彼女は、「人は誰でもきれいな店で美味しいものを食べたいと、それが人の尊厳のある食事だ」と。
ポーランドでも、ファーストフード店は大人気で次々と増えている。
マクドナルドのようなフランチャイズ店、スタンディングの食事はニューヨークや東京では忙しいビジネスマンのおやつ、補助的な食事だが、低価格であるゆえに、一方で、低所得者層に高カロリーで偏った貧しい食事として、経済的にギリギリの生活をしている貧困層に主食としても提供される。

東日本大震災で、山崎パンが提供したパンやおにぎりは、非常時をしのぐための配給だったが、6ヶ月も食べていかなくてはならなかった被災者から、炊き出しのあり難さを何度も聞いた。誰も山崎パンを憎んだりはしないし、感謝しているとおもう。でも、毎日は厳しい。それは配給をした山崎パンの従業員、配達した佐川急便のドライバーはおそらくよく分かっただろうと思う。でもこれは、炊き出しやスローフードが上質で、ファーストフードがいけないといった単純なことを言いたいのではもちろんない。ミルクバーの経営者、ダヌータが言うように、「尊厳のある食事」が大事だからだと思う。

1日400人が食事するダヌータの店は、運営費の4割を補助金でまかなっているが、ポーランド政府はその補助金をカットすることを考えていて、つねに経営危機にみまわれている。しかも補助金をもらっているために、仕入れ値を店側でつけることができないそうだ。ダヌークと同年代の経理担当者は、仕入れ値の変化で毎日メニューの値段を調整している。

余裕がある人は、人が生きるために必要な支援についてあれこれ考えるが、必要な支援を考えるためにも、いま何がおきているのかを実際に知らなくてはならないだろうと思う。もし一人でも政府にそういう人がいれば、1日400人もの低所得者が利用するダヌータの店の補助金を切ろうなどと言い出す役人はいなくなるはずだ。

そして、いまこうしてテレビで世界中のドキュメンタリーを観ることができるが、このような食事に関する問題は、ポーランドで起きためずらしいことではないと思う。
ミルクバーのような低所得者向けのレストランは、横浜には港や寿町にもある。そこでは、母の味といえるような昔ながらの食事が出されるため、地元の労働者もランチなどで利用する。寿町はかつて労働者の街だが、いまは地域全体が低所得、単身の高齢者の街で、食堂も一般の労働者はほとんど利用しない。寿町は街全体が福祉と福祉の担い手などで支えられている。
世界で、低所得者がさまざまな境遇のなかで生きているが、誰にもあたたかな、ぬくもりを感じる食事がより重要なこと。その価値を低所得層や、今回東北で被災した人々は経験して知る。そして、日本人の多くは、明日の食べ物に苦労することがなかったが、震災により隣人が非常事態に陥ったことで、食事の質(栄養だけでなくいろいろだが)の大切さを、多くの人が知り考える機会にもなった。

また、日本は平和ボケといわれるが、日本だけではない。日本がお手本とする多くの先進国と言われる国々で、気づかないうちに、本当に豊かで大切な食事も失われつつある。何も考えなくてもいいものが目の前にあった時代はとうに過ぎている。ファーストフード店が流行る社会ではなく、ミルクバーが必要なのに。


このドキュメンタリーは、1月25日まで、NHKオンデマンドで観ることができる。
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/081006.html
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by sasanoel | 2012-01-20 13:26 | 作品から
「沈黙の春を生きて」を観て
昨日、坂田雅子監督のドキュメンタリー映画、「沈黙の春を生きて」を観た。
ベトナム戦争でアメリカ軍が森に散布した枯れ葉剤の影響で発病した人々、遺伝による障害を生まれながらにもつ人々が暮らす、ベトナムの今を伝える映画。

私が生まれる以前から、ダイオキシンなど化学物質と闘ってきた人々がいる。放射能は、その中でも最悪なものの一つにすぎない。311の震災で、広島・長崎や、ビキニ環礁、水俣・・農薬や放射能などの化学物質による健康被害の問題にあらためて光が当たり始めた。過去のものとしていた人々や、それらを知らない世代にも知られるようになった。
人間が作ったものが、人間を侵してきた歴史。人間も自然の一部なのに、親を殺してしまう子どもたちの歴史の悲惨さが、ジャーナリストを奮い立たせた。市民も、反戦、公害訴訟、原発の廃炉要求、プルサーマル反対などの活動となって取り組む人々を増やした。無関心だった人々も、振り向かざるを得ない状況だろう。

しかし、今、このことを知ることの意味は、福島の未来を知るということだ。そんなことはないと誰もが思いたい未来。この映画も、チェルノブイリ・ハートと同様に、歴史と今、未来を一瞬で想像できる現代のジャーナリズムだろう。

国家や経済がからんだ戦争や事故で、被害者はいつも、もっとも弱い市民。アジアにも、アメリカにも、多くの被害当事者が、生きることの大切さを知り、その中で、知らせている。
いま、日本社会、日本人は、人間が引き起こし続ける災害の現実、世界・社会に起きる被害に目を向け、自分たちの行動を自覚して、真剣に生きなくては。

映画の後のミニ・トークで、アジアプレスの野中さんにお会いした。久しぶりにお会いしたけれど、ちゃんと覚えていてくれて、嬉しかった。野中さんは、大学卒業後、迷わず、フリー・ジャーナリストになった。貧乏だけれど、この仕事の楽しさと大切さを知っている。多くの人が、彼に励まされて取材を続けていると思う。私も、その一人かも。
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by sasanoel | 2011-10-20 22:07 | 作品から
映画「チェルノブイリハート」
伊勢佐木町ニューテアトルで今日から上映されている映画「チェルノブイリハート」を観に行った。東京では8月から公開されている。

日本人へ

『生きる事は、笑い事ではない
あなたは、大真面目に生きなくてはならない

たとえば、
生きること以外に何も求めないリスのように
生きる事を自分の職業にしなくてはいけない

生きる事は、笑い事ではない
あなたはそれを、大真面目にとらえなくてはならない

大真面目とは、
生きることがいちばんリアルで美しいと分かっているくせに
顔をみたこともない人のためにさえ死ねるくらいの
深い真面目さのことだ

真面目に生きるということはこういうことだ

人は70歳になっても、オリーブの苗を植える。しかもそれは、子供たちのためでもない
つまりそれは、死を恐れようが、信じまいが、生きる事のほうが大事だからだ

この地球はやがて冷たくなる
星々の中のひとつで、しかも最も小さい星、地球
青いビードロの上に光り輝く一粒の塵
それがつまり、われらの偉大なる地球だ

この地球はいつの日か冷たくなる
氷塊のようにではなく、ましてや死んだ霊のようにでもなく
クルミの殻のようにころころと転がるだろう
漆黒の宇宙空間へ

そのことをいま、嘆かなくてはならない
その悲しみをいま、感じなくてはいけない
あなたが「自分は生きた」というつもりなら
このくらい世界は愛されなくてはならない』


映画「チェルノブイリ・ハート」の冒頭に、監督からのメッセージとともに日本人へと贈られた、ナジム・ヒクメット(トルコの詩人)の詩。
http://www.kokubunsha.co.jp/archives/ISBN4-7720-0129-8.html

チェルノブイリ原発周辺の汚染地域では、オリーブの苗を植えることができない。

この映画は、1986年4月26日のチェルノブイリ原発の事故から25年の汚染地域の人々の社会を描いたというより、福島の未来を描いた映画だ。

反原発活動も、障害者の人権の問題も、憲法25条に書かれた基本的人権の問題も、それらは平和な社会基盤があって、その上に正義を説いていくもの。戦争や大きな災害にみまわれ、その渦中にいる社会は、悲しみに暮れ、日々、取り除かなければいけないガンの恐怖の中で、不安な日々を送り続けている。
人間は、大きな事故の前で、被災者も、被災者を救う人々もあまりにも非力だ。ボランティアの医師が、13人の子供の手術をしても、年間130人の子供は死んでいくのだ。

現在、ウクライナがチェルノブイリ原発の処理義務を負っている。その医療体制にも足りない部分があるのだろう。
成人になってから多くの供たちは、甲状腺がんを発症している。みな、「放射能による喉の病気」ということを自覚している。健康診断でセシウム137による内部被ばくが認められた子供は、インタビューにより汚染源をつきとめられる。キノコ、イチゴ類などを採ったかどうか。ジャムを食べているといえば、そのジャムを検査する。そこからセシウム137が検出される。そして、彼には今後ジャムを食べてはいけないと告げられる。

原発事故後に設立されたナンバーワン・ホーム(乳児院)には、多くの障害児がいる。映像には、あまりにも悲惨で、直視することがつらくなるほどの障害を負った子供たちがいた。

わたしには、少し前に観た映画「ピース」とこの映画がかさなる。この映画で、ホワイトホースの写真のあるチェルノブイリから3キロの生家、プリピチャのアパートを観に行ったマキシムの死が、そう思わせたのかもしれない。
マキシムは、死ぬまでふつうに生きていた。原発なんかに運命を左右されたなんて信じない、と。
70歳の老人がオリーブの苗を植えるように、自分は幸せに生きることができると。チェルノブイリ原発事故を「これは自分の運命じゃない」と、2007年に30代半ばに病気で死ぬまで、生きていた。

ピースの世界は、原発事故とは全く関係ない。この映画については、またいつか別の機会に書きたいとおもっていたのだが、「オリーブの苗を植える」という作業が、日常の平和な営みの象徴として、わたしには映った。

やっぱり、「ピース」のことはまた今度書くけれども・・一言だけ。
あたりまえの作業が、あたりまえの苦労の多い暮らしが、どれだけ大切な生きる営みであり、喜びであることを、映画は伝えていたと思う。そして、人は、そのふつうの生きる営みの末に、とつぜんの死を迎える。しかしその死は本当は突然ではない。死がくることは、わかっていたのだから。

ふつうの暮らしの大切さを想わずにいられない。
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by sasanoel | 2011-09-03 23:36 | 作品から
「ミツバチの羽音と地球の回転」 〜選べる電力/民主主義を考えるチャンス、大切に〜
黄金町(横浜市南区)にある古い映画館ジャックアンドベティで「ミツバチの羽音と地球の回転」(鎌仲ひとみ監督作品)を観た。横浜での上映の最終日だったが、観客はまばらだった。平日ということもあり、観客席には比較的高齢の地元の人々が多い。瀬戸内海の島、祝島(いわいしま)に住むお年寄りたちの反原発への祈りのパワーを、同世代人として感じたのではないだろうか。
映画が終わったとき、拍手がおこった。

祝島の島民は、中電からの買収金を即日返金してから30年近く、上関原発反対運動を展開してきた。しかし裁判でも敗訴し、その後、アルバイターたちを雇った中電の埋め立て工事の強行着工を迎える。そして、今年、3月11日を迎え、現在に至る。
生きることを他人任せにしない、自立した祝島の人々の姿勢を尊敬し、応援したい。

帰宅してニュースを見ると与野党による相変わらずの足の引っ張り合い。
問題はリーダーシップ欠如だろうが、公約違反だろうが、政権獲得の手段であり、結局何でもよいのではないか。テレビでは有利に世論に訴えれば目的達成とでもいうような、表面的なコメントが多く、うんざりする。

民主主義ってなんだろう。「小さな声を大切にできる社会」ではないかと思う(異論はかまわない)。しかも祝島の人々が反原発を唱えるのは、生活のためだけではない。未来の地球や子供のためという公共の目的のためだ。
リーダーシップを求めるのは、依存心が強く、自立心のない日本人への逆戻り(現状か・・)が心配だ。政府が決めて、それが気に入るような社会があるのかどうか(おとぎ話のようだが)わからないが、わたしなら、何でも自分で良さを吟味して決めたい。
いずれにしても、いま、これまで隠されていたり、無視されていた危機や問題が見えるようになった。災害をより自分たち自身の問題として、未来を考える機会と思う。どんな未来を選択するかである。

<原発電源と政治の癒着>
政権と、東電をはじめとする大手企業の発信のすべてを取り持っているのは、陸軍広報担当出身の広告代理業者。長期政権とともに国民への影響は計り知れない。コントロールされた世論・風評のなかで、それをくつがえすには、現実を冷静にとらえ分析する心構えが必要と思う。

ジタバタするばかりだが、まずできることは、日常の中で、自分の眼で見る、考える、メディアリテラシー(情報が何でできているかの判断)をつけることと思う。
震災で、被災地や被災者とともに生きようとする人々が、隣の人を助け、NPOに連絡して食料を調達し、自立して行動したことは、生きていくための自然な行動で、ごくあたりまえだが、とても大事だったと思う。

これからも日本は、地震大国で、高齢化の進む社会。
必要なのは、10年後、100年後、1000年後の将来を考える視野と、地域での生活を、これからは、海外も含め責任あると考える公共精神だと思う。
この地震で、日本人にも本当の「危機感」が宿ってきたなら、それは、民主主義の本質に目を向ける一つの大きなチャンスだと思う。

原発に依存したり、依存させようとしたりする目的は、目先の欲望に対する利害の一致(安定供給による安定利益と安定政権)のため。欲望で結びついた絆で、原発電力による「電力ジャック(飛行機のハイジャックのような状態)」を引き起こそうとしてる。もう起きてるけど・・

「電源に対する本質的な社会ニーズは何だろうか。」
原発トラブル処理のニュースはこの問いを麻痺させる。原発を推進するかどうかではなく、原発以外の電源選択肢をもっと広げることだと思う。
持続可能なエネルギー政策、市民学習があって、電源の自由な選択ができるよう早くなっていけたらと思う。
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by sasanoel | 2011-05-27 22:57 | 作品から


被災者も非被災者もともに平和で楽しく暮らせる社会をめざして。2011.03.11 ご連絡、記事についてのお問い合わせ、取材依頼は筆者までメールで。sasanoel@gmail.com
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