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大間原発計画に関する記者会見〜「あさこはうす」小笠原厚子氏、ルポライター・鎌田慧氏〜
11月25日、自由報道協会主催の記者会見で、青森県下北郡大間町に建設中の大間原発に親子2代で反対しつづけてきた小笠原厚子氏と、取材にあたってきたジャーナリストの鎌田慧氏が発言を行なった。二人の反原発家の言葉と、質疑応答の一部を紹介したい。

この記事は、ユーストリームのライブ配信で記者会見を視聴して書いたもの。
(iwakamiyasumi5 2011/11/25 08:41)
http://www.ustream.tv/recorded/18731291

<参考>
「大間原発の敷地内に立つ「あさこはうす」お金では買えない「宝の海」を次世代に(Actio)
http://actio.gr.jp/2008/12/09094527.html


<記者発表の内容>

スピーカー:あさこはうす・小笠原厚子氏、ルポライター・鎌田慧氏

鎌田慧氏「大間原発をなんとか止めたいとここに来ました。本州の最北端の西の方にある原発で、あまり知られていませんが、311のあと、青森の六ヶ所村や下北半島が知られるようになり(大間原発も)注目されてきたと思います。
小笠原さんのやっている「あさこはうす」は、小笠原さんのお母さん(あさ子さん)が、たった一人で(反原発の姿勢を)守ってきた経緯があります。お母さんは4年前に亡くなりましたが、厚子さんとその兄弟は、お母さんの活動を受け継ぎました。
いまから35年前(1975年)に着工、まだ完成していない。遠隔地や過疎地だから、原発がすぐ作れるというわけではないことの証明です。
計画は電源開発により、ここに作られるのは「フルMOX」といい、MOX燃料を全炉心に装荷できる原発です。きわめて危険で、反対運動がずっとありました。新潟の柏崎でも、佐藤栄佐久知事もずっと反対して、知事をおろされましたが、三分の1とか。「フルMOX」は大間原発だけ。
大間原発をやめる理由というのは、ここ「あさこはうす」で小笠原さんが畑をやり主張してきたことです。
この原発は、当初安全な場所にということで設計されましたが「あさこはうす」の活動で買収できず、200メートルほど原発を引っ越ししました。
原発から200メートルくらいのところに「あさこはうす」はあります。ふつう民家は500メートルは離れています。そういう異常な形で原発があるわけです。
お金を積もうが、ガンとして首を縦に降らず、日本ではめずらしい例です。とにかく、ひとりの女性が徹底的に原発に反対してきた。原発の敷地内に家があって、太陽光と風力の自然ネネルギーで暮らして、原発と向かい合って、隣り合って抵抗している。

そういう姿を伝えていただきたいし、伝えることによって、原発と行政のもっとも弱いところが明らかになると思います」

小笠原厚子氏「大間原発は、3月11日の事故後、建設はされていません。
なぜ母が反対してきたのかというと、海と自然があれば、人間はいきていける、いやなものはいやだということです。私もそう思います。母の意志を継いで、小さな太陽光と風力発電でやっています。電力会社に頼っていません。天候の問題で1日まかなうのは難しいこともあります。なので、いま、水力発電をやろうと思っています」


<質疑応答の一部>

たった一家族の反対活動に対して、
311後、周囲の人々の理解はかわりましたか?


小笠原氏「いままで口もきいてくれなかったし、しらっとした態度も多かったが、事故後は挨拶をしてくれたり、がんばれよという挨拶をしてくれる方が何名がいました。5名くらいです」

鎌田氏「原発ができると、町民は固定資産税もはいるし、地域で承諾するとお金がでるようになっているが、それはきわめて不安定。あいつが反対するから進まないという人がいる中で反対している。町長なども説得にくる状況。
畑にいく通路だけは保証しなくてはならないからあるが、1キロにもなる道を通っていかなくてはならない。あさこはうすに行くだけの道をパトロールしています。威圧、脅しです。
一般的に、原発は入る車をチェックする。前と後ろに車止めをおいて、通行証を確認する。昔、東ドイツから西ドイツに行くようなもの。いま、大間原発がそういう警備をしている。本州最北端の人目につかないところで、抵抗している人がいるということを知ってほしい」

暴力的な地上げはあったか?

鎌田氏「暴力的なことはなかった。金を積み、具体的な問題に対して会議を開いて、漁業組合が漁業権を放棄するようにしむけたり、ということを具体的に行えばよかったから、肉体的な暴力はない。人の意志を踏みにじることではある。それが原発の地上げ。
原発は創業すれば、地元の雇用はないから、原発はやっぱり危険だと言うことで、漁師は海のことに敏感で、反対されることがあるので、少しずつ交渉していく」

社会的な側面ばかり議論されている。
経済的、産業的な側面の問題はどう考えるのか?


鎌田氏「原発が止まったら産業がダメになる、原発が止まると企業が逃げてしまうとは、よくある議論。全原発54基のうち、現在10基しか動いていなくても、電力は間に合い、これから点検に入っても需給バランスに支障はない。
また、原発輸出産業にして、日本を発展させようという議論があるが、相手に危険を売りつけてバーターで儲けようというのはモラルの問題になっていて、経済の問題ではない。経済の問題は別に考えないといけない。まず、原発は危険であるから止めて、そのあと経済をどうするかと議論しなくてはならない。
「原発反対と言ったって、将来困るぞ」と言いうのを「抑止力」と言っています。抑止力としての核爆弾が必要、犯罪防止のため死刑は必要だ、とか。一番極端な条件を出しておいて、水戸黄門のように黙らせるのは論理的でないと思いますが、どうでしょうか」

小笠原氏「わたしは一番考えるのは日本の国という問題。アメリカ、ロシアは大国だが、日本は地震大国。日本に今回のような事故が起こる危険は必ずある。日本の経済は、原発ありきで原発に依存しすぎている。ほかの方法でもできるのではないか?という議論があっていいと思う。日本独自の方法ができると思います」

鎌田氏「追加ですが、この反対する論理を認めるかどうか。なぜ反対するかというと、「海と畑があれば生きていけるから」ということだが、彼女は、原発に依存していくのではなく、海と畑で生きていきたいということを言っている。作りたいなら、他の地域でつくればいい。農業と漁業で生活していきたいという事は、否定できない。それでは国が発展しないぞというのは、ちがう。人間は、人間としての理想で生きていく、それを主張するのがジャーナリズムであると思う」


自然エネルギー、あたらしい技術ということを考えていますか?

小笠原氏「蓄電という形でいろいろ進めていると思います。日本人はスマートな国民ですので、個人の家でスマートな蓄電ができると思う」


311後、何人か挨拶してくれるとのことですが、
子供の頃からの街の雰囲気は変わりましたか?


小笠原氏「わたしの子供のころは、うちは田舎だから家に鍵はかけなかった。近所は農家や漁業だから、誰もいないのに、夕方になると、台所に魚や野菜がおいてあったりする。原発がきてから、そういうことが破壊された。地域の今まで培ってきた営みを破壊された」

鎌田氏「原発の工事がおわっても、地域の風景はかわらないんです。工事の作業員はそこに住まず、地域の住民がのこっているから風景は変わらない。地域の中で、反対派や賛成派にわかれたり、家庭の中に賛成派と反対派ができたりする。
定住する人は、畑をやっていたり、漁民であって、そこに住み、仕事をしている。作業員はよそからきて、作業が終わると帰っていく。
それを、以前、魚や野菜をわけてくれたのは、地域の中の人が出稼ぎに行ってしまったというのがあるのかもしれない。原発があるから、地元にいることができる、ということもある。そういうふうに追い込んでおいて、出口を原発依存だけにするようなことを政治がしていいのか。「お前ら工事がなくなったら食えないから、工事の仕事に着け」というのは暴力的です。
もしくは、危険な点検などの作業に地元の人を使うと、地元でがんになったりするから、今は遠くから連れてきている。地域は変わっていない。風景も変わらない。4階建ての家は工事の人が住むためにはできるが、風景が近代化したりはしないんです」


着工予定は来年だが、実際はもう着工している?

鎌田氏「原発は申請して設置許可が降りてから着工するのが原則。それが法律。しかし、設置許可が降りるまえから、準備工事という名目で経産省が許可する。福島県知事の佐藤栄作さんは、泥棒と警察が一緒だといったが、監督機関が役割を果たしていない。チェックをしない安全保安院、発電と送電の全部を電力会社が持っている。これは独占禁止法に触れる。マスコミもほとんどチェックしなかった。311以降は少しずつチェックするようになったが、存在を問われて来ている」


311以降の選挙戦は反原発派より原発推進派のほうが勝っていますが。

小笠原氏「実際に賛成派が多いが、すぐイエスノーではなく、長い時間をかけてやっていいと思う。長いスパンで考えて、10年後にこうしよう。現時点では賛成派が多いですが、何年後にまた福島のような事故がおきた時に賛成といっていられないと思う」

鎌田氏「僕は10年20年と考えていない。5年とか、数年で決着つけないといけないと思っている。原発は国民の8割がノーです。反原発に関して、どう政治的に結集するかというのが問題になっている。
地域では、ご存知のように反対派が負けている。大間でも賛成派というか、前の議員が入っている。前の地域がそのままだから。反対派の候補者を作り出していないから。反対派候補を擁立できない地域は、反対運動が始まっていなかった。いま、脱原発の運動を強めていて、そこから候補を出す時間がかかるだけ。どう候補をつくっていくかという課題がある。どう選挙に結びつけていくかということだけ。世論はいま脱原発です」

今の鎌田さんの発言に関連して、下北半島だけでなく、そういった反対はあったが、住民が疲弊して、原発のことをいうのはタブーになっている。ここからのスタートで、再度、反原発運動をどう作っていくのか、お考えをお聞かせいただけますか?

鎌田氏「政治観点を打ち出す人がいないといけない。それはどういう主体が脱原発の候補を出していくかが問われる。社民党も共産党も考えているでしょうし、みんなの党もそうですかね。これからの選挙はそれが論点になっていくから、そうしたことを明確化する。そんなことは効果がないといっても、できることしかできない。
12月10日は渋谷で1000万署名運動をやる、2月11日も、東京と原発のある地域での一斉集会をやる。福島の郡山でも、渋谷でも1000万署名の集約集会をやる。
いま署名は200万くらいしか集まっていないので、あと800万で、1000万で政府要求するということを考えている。脱原発のためにやれることをやっていこうと。これは、子供でもできる。字を書ける人ができます。脱原発一致のために、悲観的に考えずに、楽観的にやっていく」

小笠原氏「国民投票がある。原発事故では、大人も子供もイエス、ノーの意見を言えたらいい。原発に対して一人ひとりが意見を言える国民投票があるといいなと思う」

鎌田氏「あさこはうすは、いま来る人が多くなって、あさこはうすの前で集会することも増えている。いままでは労働組合中心で、そこが引っ張っちゃうから組合に任せっきりになっていたが、いまは政党とか労働組合に任せている時代ではない。自分たちでやらなくてはならない。311以降、変わってきている所を書いたり、報道したりしてほしい」

電源開発の電気は東京に来る、原発で地域のきずなが断ち切られていたが、
東京に対しての憤りはありますか?


もっているとか消えたではなく、個人と仕事上のことがあると思う。個人は原発きらいだけど会社にではという立場がある。
だけれども、これからが問題なんですよ。私たちが安心して生活できるようにするにはどうしたらいいか。安心と安全はちがい。安全は必ず不安の1がある。安心は気持ちの問題。もともと会社は、風力、火力、水力でやっている。電源開発も原点にもどってやってほしい。
憎しみはあるが、これからなんです。今回の福島の事故をうけて考えていかなければならないと思っています」


今日は小笠原厚子さんがはるばる青森から来られるということで、ぜひお目にかかりたかった。わたしの状況で記者会見に行けなかったが、いつか、あさ子さん、厚子さんが大切に守っているすばらしい大間町の畑に、海に訪ねてみたい。
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by sasanoel | 2011-11-25 20:07 | 記者会見から
グリーンピースジャパンが、水産物の放射能測定・推進活動報告〜「お魚スーパーマーケットランキング」〜
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東日本大震災で東電福島第一原子力発電所から大量の高濃度汚染水が流れ出た影響で、東日本の太平洋沖で採れた魚介類から高濃度の放射性物質(ヨウ素、セシウム等)が検出された。
世界一魚を食べる日本人にとって、水産物の放射能汚染がさらに大きく、身近な問題となっている。

日本政府は、事故後の暫定基準値を1kgあたりセシウム500ベクレルとしているが、ウクライナでは150ベクレル。魚介類の消費量を比べると、日本政府の暫定基準値は、高い。

放射能汚染はしきい値がない。妊婦や小さな子供をもつ人々は、10ベクレル、20ベクレルが心配だし、高齢者は低濃度汚染は気にしないという。

11月24日、自由報道協会の主催によりグリーンピースジャパンの取り組みに関する記者会見が行なわれた。スピーカーとして事務局長・佐藤潤一氏とキャンペーンマネージャー/海洋生態系担当・花岡和佳男氏が招かれ、会場にはフリージャーナリストを中心に約20〜30名が参加した。

「お魚スーパーマーケットランキング」を実施
5月上旬、国際環境NGOグリーンピースジャパンは日本政府に対し海洋調査を要請したが、断わられた経緯をうけて、独自の海洋調査を行なってきた。
また、日本の魚介類の60%が購入されているスーパーマーケットで、多種・広範囲の魚介類から放射性物質が検出された。そこで、大手5社(イオン、イトーヨーカドー、ダイエー、ユニー、西友)を対象に、「お魚スーパーマーケットランキング」を呼びかけ、実施した。
売り場では、測定情報を公表し、消費者が自分の基準で選べるようにすることで風評被害を改善、売り上げを回復できる。グリーンピースの主導で、業界全体の意識・売り上げ改善に向けたメスがはいった。
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測定ニーズは「漁業者・消費者」両方から
ランキング調査にあたっては、漁師さん、消費者の両方の立場から考えた。測定して欲しいということは、漁師さん側から言われた。「(実際のベクレル値を)知ってこそ、初めて魚を売る事ができる」と。
現在、被災地では漁を自粛している。放射性物質のスクリーニング機能がないからだ。安全な魚とそうでない魚を測り分けることができない。実態のわからない風評被害で魚が売れない状態が続いている。漁民、漁協が政府にスクリーニングを求めていた。
しかし政府の動きはつねに遅い。グリーンピースは、もっとも速く対応できるとして、売り場(スーパーマーケット)に目をつけた。

以下の要請と対話をすすめることにより、風評と買い控えが解け、魚が売れるようになるはずだ。グリーンピースが対話の仲介にはいることで、漁協・漁師さん、消費者、スーパーマーケットの利益をむすび、水産物業界全体の回復を目指す。

<要請>
・放射能検査をし、結果をしっかりと消費者に伝える。
・政府の暫定基準値にとらわれず、独自に数値を定めて、公表する。
・産地表示を「水揚げ港名」「太平洋」等ではなく海域を表示する。


<ランキング評価の基準>
1)仕入れ基準:調達方針をもっているか
2)販売基準:汚染されているものが売られていないかのチェックの機能があるか
3)放射能測定体制:自社で放射能を測定する体制があるかどうか
4)消費者への情報提供:具体的な魚介類商品のベクレル値表示
5)政府への働きかけが行なわれているか


報告までの改善期間をもうけ、第1回目の締め切りを10月14日、第2回目の締め切りを11月11日とした。あらたな締め切りのたびに改善が報告された。例えば、11月20日イオンは、漁獲海域表示を行うと報告があった。
期間中グリーンピースでは、抜き打ち検査を行なうほか、対象5社への報告結果のフィードバックを行なった。

結果:グリーンピースジャパン「お魚スーパーマーケット」
http://www.greenpeace.org/japan/ja/campaign/ocean/seafood/seafood1/

会場からの質問

5社をえらんだ理由は?
花岡氏「日本の消費者の60%が魚介類をスーパーマーケットで購入しており、その売り場で汚染した鮮魚がが広く流通してしまっていていることを問題視したため。生協など独自の基準を決めているようなところもあり評価できる。政府もそのような動きに早く対応してほしい」

調査品目を鮮魚から水産加工品に広げる予定は?
花岡氏「加工品については、第2回の調査結果で北海道のさばの水煮の缶詰から4.6ベクレルという数字がでています。缶詰のようなもは原料がわからない。その必要性を感じて、現在サンプリング中で、12月に調査発表の予定」

イオンと西友の意識の温度差をどう考えているか?
花岡氏「5社と対話したが、イオンは取扱量が世界最大規模という自負があり、姿勢が違うと思いました。数値を早く公開したいと言っていた。スーパー間の横並びはあるとも。消費者の声に答え、それをビジネスチャンスにするというをイオンはしていると感じる」

今後日本近海のクジラについてはどう見ていくのか?
花岡氏「海洋汚染で問題にされるのが生体濃縮。大きな魚に汚染がひろがっているということを考えると、クジラ、イルカに広がっていくと思う。水産庁でも調べているが、それを参考にしながら調査したいと思う」

調査範囲の拡大、北海道、関西については?
花岡氏「ユニーの北海道産のマダラで、今回もっとも多い44.3ベクレル(セシウム)を検出。しかし地元北海道では、水産物に放射能汚染があるという認識がない。北海道の漁業関係者からのリアクションはいまのところない。
関西での調査が必要と感じている。水産加工品の調査とともに12月中には発表できる。
イクラとか白子については調査します。それで高濃度が出た場合も、すべて公開します。海外への発信ももちろんします」

会見は最後に、以下のように述べて締めくくられた。
花岡氏「一人一人の市民の声が、業界を変えいける。その流れを作り、政府を変えたい。簡単に参加できる、ひとつの例だと思う」

佐藤氏「忘れてはならないのは、イオンや漁師のみなさんは全員被害者。東京電力がすべての加害者。被害者どうしがいかに良い社会のためのこのような活動を起こしても、原発事故を起こした東京電力の責任を追求しなければ、また事故が起きるでしょう」

参考:グリーンピースジャパン
http://www.greenpeace.org/japan/ja/
※「お魚スーパーマーケット」緊急オンライン署名募集中(11月28日〆切)

参考;イオンお客様サイト
http://www.aeon.jp/information/radioactivity/

※記者会見の映像(You Tube)
「2011年11月24日 グリンピース「お魚スーパーマーケット・ランキング」会見」
http://www.youtube.com/watch?v=SNLnFFd6Tb0
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by sasanoel | 2011-11-25 04:23 | 記者会見から
ダライ・ラマ14世の記者会見に参加して
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チベット仏教の最高指導者、ノーベル平和賞受賞者でもあるダライ・ラマ14世(76歳)が来日し、高野山大学での講演や科学者との対談のあと、東日本大震災の被災地を訪れた。10月末からの約10日間の日程だった。
中国政府との長い戦いのなかで、今年に入ってからもチベットでは11人の僧侶が自殺(法王いわく「文化的虐殺」)を遂げている。ダライ・ラマは、その苦しみを十分すぎるほど背負いながら、東北の被災地を訪れ、日本の人々に会いにきてくれた。
10月7日、その訪日の最後の日、自由報道協会の記者会見に応じた。私も、この会見に参加することができたことに感謝している。

少し遅くなったけれども、私がこの記者会見で見聞きしたこと、感じたことをお知らせしたい。

その前に、この記者会見でダライ・ラマ法王が述べたことについては、記者の視点で伝えようとする記事がいくつか掲載された。
以下に、紹介する。

ダライ・ラマと日本メディアの「保守性」(ニューズウィーク日本版)
http://www.newsweekjapan.jp/newsroom/2011/11/post-241.php

ダライ・ラマ14世が私たちに伝えたい2つのこと(モデルプレス)
http://mdpr.jp/021157761

脱原発だと「貧富の差広がる」 ダライ・ラマが記者会見で述べる(Jcastニュース)
http://www.j-cast.com/s/2011/11/07112352.html

記者会見の会場からは、通信メディアが中継した。
ダライ・ラマ「何かを決めるとき一面だけを見てはダメ。原子力についても同じ」 会見全文 (ニコニコニュース)
http://news.nicovideo.jp/watch/nw142265

しかし、残念なことにダライ・ラマの訪日に関してもっとも多く取り上げられた話題は、法王の被災地訪問や記者会見ではなく、法王と大臣らが都内ホテルで会談したことを問題視するものだった。中国と対立するチベットの指導者と政治家が会う事は、中国との関係を悪化させるということだ。
中国との関係を悪化させたくない国は、日本だけではない。10月には、南アフリカのツツ司教が、ノーベル平和賞者どうしの交流でダライ・ラマを南アフリカへ招待したところ、南ア政府はビザを発行しなかった。この交流は後日スカイプでの会談が実現されたことが、You Tubeで公開されており、そんなことでへこたれない宗教指導者たちの力強さを感じた。

Dalai Lama & Desmond Tutu hang out on Google+ (You Tube)
http://www.youtube.com/watch?v=1_HqVFEzY2U

しかし、11月8日、仏教協会の招きでモンゴルを訪れたことに対して、モンゴル政府に抗議を中国外務省が表明するなど、中国の法王に対する圧力は大きい。

中国 ダライ・ラマのモンゴル訪問に反対(The Voice of Russia)
http://japanese.ruvr.ru/2011/11/09/60088783.html



記者会見前に考えていたこと
自由報道協会の会見会場へいく電車で、iPadで「ダライ・ラマ」を検索した。池上彰さんの「ダライ・ラマに人生相談、何を相談しますか?」というラジオ番組が紹介されていた。お茶目で、魅力的な人柄、そして、頼りになる真のリーダー。そんな感じを抱いた。宗教になじみの薄い日本人として、興味がわいたのは、宗教者としての考え方、基本的なものごとへの接し方。被災地へ行って、どのように感じたか、被災者と生きるということはどういうことか。そんなことを、聞けたらと会場へ向かった。

東日本大震災の被災地へは、天皇陛下も来るし、SMAPも来る。生きていたら、マザー・テレサもマイケル・ジャクソンも来たかもしれない。そこには、わずかな時間だけれども、法王と地域の人々の心からの、または素の交流の時間があると思う。しかし、記者会見というこわばった場では、記者やファインダーから覗くカメラマンたちは、人間的なダライ・ラマの素の様子に触れることがなく終わるだろう。私たちは、法王の素顔や人柄を知る機会はほとんどない。ましてや彼の国、チベットのことも。それでも、うけとめ、発信しようという人々が集まるのだから、伝えられることを伝えなくてはと思った。


チベット市民にとどけ!
法王が日本のジャーナリストに熱心に呼びかけたのは、ひとつには、日本人の声を通じて、チベットの市民たちに想いを伝えたかったからではないだろうか。
日本にいる間も、被災地を回りながらも、法王はいつもチベットの人々とともにあると。

まず代表質問に立った記者は、法王に福島で餓死する動物たちの写真をつきつけた。法王は目をみはっていた。「福島が起きてしまい、日本人はどうすべきか?」誰もが、この機会に、宗教家に聞きたかったことだろう。
しかし、「物事は、局面だけをみてはいけない。全体的に観なければならない」と、原発だけを否定しない意見を語った。つねに安心を求める日本人に、「安心できることなんて、ひとつもないよ」と言っているように聞こえた。

また、チベットを観てご覧なさい、と。自然豊かだと思っていたチベット高原では、現在、中国政府による深刻な環境破壊があることを、私ははじめて知った。理にかなった提案をしても賛同しない中国政府による弾圧が、チベットを汚染し、僧侶たちを自殺「文化的虐殺」に追い込んでいる。

「原発はやめるべきだ」といって欲しかったが、単純にそうはならなかった。法王にとって原発は、中国に抗議しながらチベット人がよりよく生きていくために必要なのだ。少なくとも今は。他のエネルギー源にも少なくない環境負荷があるし、原発が必ずしも安全ではないことは承知している。
かつては広島・長崎を、そしていま、福島を訪問した宗教家がそれでも原発容認を口にするのは、チベットが核の平和利用に希望をもっているためだ。実際の原発事故を起こし、多くの人が亡くなっても隠蔽する、日本の政治や電力会社の問題とは状況が違いすぎて、すぐに比較できそうにない。

「日本人が脱原発を選ぶなら、構わない。だが、先進国の論理にチベットを巻き込まないで欲しい」ということだ。
また、「福島の事故は、日本の問題だ」と、法王は言った。チェルノブイリをウクライナ共和国が解決しなければならないように、環境汚染の責任は誰かが負わなくてはならない。チベット高原の汚染問題も同じだ。それぞれの国で、国民はすべきことをしなければならない。福島原発事故の責任は日本にあるのだ。わかりやすかった。                                                                                                                                        

政治的な姿勢くずせない宗教家、悩むことで豊かになる人々
一方で、核や汚染物質を兵器として使うアメリカ政府は、アジアや南太平洋の海や自然破壊を行っただけでなく、自分の国の人々にも大きな苦しみを負わせ、その責任をとろうとしない。それを思うと、中国に対するチベットの存在は、内側から鳴らされる警鐘のような、とても大切なものだ。

日本には、「廃炉にする」という目標がある。しかし、膨大な時間をかけて、環境を維持していくための努力の覚悟と共有が必要だ。地震のないフィンランドで、10万年後を想定した廃棄物処理施設を建設している現実は、他の星を題材にしたSF映画のシナリオではない。テレビも、ツイッターも、インターネットが当たり前の時代に、戦後の大本営発表のように見せかけの仕事をしても誰も納得などしない。どうすればいいのか、それはもう国会だけで進めていいことではない。

ダライ・ラマに会って、チベットには、ダライ・ラマを中心とする意識の共有があるのかもしれないと思った。チベットへ行ってみたくなった。


記者会見について
ここ自由報道協会では、「報道目的」の厳しいマナーが要求されると思いつつも、正直いってやはり、エラいお坊さんに何か救いを求めてしまう気持ちがなかったか?と言えば、うそになる。実際、会見に参加して、それは私だけじゃなかったと思った。
会見が終わったとき、多くの参加者がダライ・ラマに押し寄せ、握手をもとめた。「非常識だろう!」と、怒鳴る声が一度あったが、そんな声で怒鳴らないで欲しかった。長い滞在の疲れもある法王を引き止めてしまうことになり、記者としてそれでいいの?ということだが、記者といえどダライ・ラマに感謝を伝えたいと思うのは、とてもよくわかる。私も握手をしたかった。

宗教のない国で、私たちの多くが、やはり救世主を求めてしまうのかもしれない。
ダライ・ラマは、宗教家として、改革のリーダーとして特別な存在であることに間違いないが、その身体も心も、たくさんの傷を負った、生身のオッチャンなのだと思った(汗)。

自由報道協会の呼びかけで記者会見が行われたことは、よかったと思う。
上杉隆さん、どうもありがとうございました。


ダライ・ラマ記者会見の写真


※追伸11月16日 ダライ・ラマ方法日本代表部事務所より
今回の記者会見での法王の原発に関する発言の内容に誤解があるとのことで、同事務所ホームページに以下、発言内容が掲載されている。
「ダライ・ラマ法王による原子力エネルギーに関するご発言について」
http://www.tibethouse.jp/news_release/2011/111115_nuclear.html
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by sasanoel | 2011-11-11 16:23 | 記者会見から
「デモと広場の自由」に関する共同声明、柄谷行人さんら
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反・脱原発、東日本大震災を機会に、日本に「デモ」が戻ってきた。
雨宮処凛さんはじめ、脱原発をとなえる若者たちが「素人の乱」を起こした。柄谷行人さんは、311以降、デモを起こす若者たちの姿、あたらしいデモの形を好ましく思い、希望を感じていた。
9月11日のデモで、12名の参加者が逮捕者が出たさい、雨宮さんらと知り合い、表現の自由を抑圧する行為への警鐘を鳴らす共同声明を行うことにし、この日にいたった。
このときのデモは、YouTubeに載っている。

共同声明の記者会見は、9月29日「デモと広場の自由」として、有楽町の海外のジャーナリストが集まる、日本外国特派員協会で行われた。
記者クラブで調整ずみの情報しか報じない日本のマスメディアにではなく、海外メディア、独自に視野をもつ記者が参加する場を選んだのは、原発報道その他において再認識された、日本の蝕まれた報道の現状をみれば、当然という感じだった。

柄谷さんのほか、鵜飼哲さん、小熊英二さんが起草者として名を連ね、雨宮処凛さんが、デモを企画した若者の代表として参加していた。

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柄谷さんは、反原発という以前に、日本には「デモ」が必要だという。デモとは市民の表現の場である。その本来自由な場が、政府や警察などの権力の前に沈静化し、労働組合、社会党が弱体化し、デモもしだいに姿を消していった経緯があるという。原発事故をきっかけに復活した。

「311の地震のあと、海外メディアは日本人の冷静な振る舞いを賞賛してくれたけれども、それは、不可解であったとも思う。なぜ怒らないのか。原発事故後の社会状況の中で、デモは、集会で声を発する市民のごく自然な姿である。
日本人は広島・長崎の経験から、核を憎んでいた。昔から日本にデモがなかったということではない。1980年代前半には、デモが盛んで、核の問題に関しては敏感だった。日本には54基もの原発がある。それらは原発に反対する意思表示、デモができにくくなってきた証拠である。デモが、市民の基本的な権利であるということが日本に定着しているとは思えない。
私は、単に原発に反対するだけではなく、個々人がデモを通じて自己表現することが大事だと思っています。311の後、『素人の乱』のような若い人たちが、あたらしいデモの形を作り出した。日本でデモが始まったということに、感謝し希望を見いだしています。
記者のみなさんにお願いがあります。現在、日本の各地に反原発のデモがあるという事実を、もっと報道してください。デモという表現の場が抑圧されることのないように」と柄谷さんは言う。

この会場には、大手メディアからも記者がきていた。毎日新聞、朝日新聞は代表質問にも立った。個々の記者はいつもそうだ。少数意見のところにも取材に来ている。ここに来た大手新聞社の記者たちは、自分たちへの非難を含むこの問題をどのような記事にするのだろう。記事にするのだろうか。

私も、9月19日のデモにはじめて参加した。
それまで、わたしは、デモが集団行動をあおっているばかりで、より人が問題を考えなくなる元凶とも思えてきたので、あまり好きではなかった。集団で、人ごみのイメージもよくなかった。でも、この日は子連れの家族や障害者がパレードに参加し、楽しいものだった。逮捕者もなく、自分の中のデモのイメージがガラリとかわった。
しかし、その前、9月11日のデモの事件が、大きく左右していたようだ。

表現の 場が抑圧されることには、やはりいけないと思うし、原発が54基つくられてきたことには、原発建設反対デモが鎮圧されてきた失望の歴史があるということを今回、理解できた。
人々が表現する楽しみ、希望を経済効率に奪われていったということが、その構造をしらない私たちの世代にも影響を与えていると感じる。
前向きにものを作ろうとするなかで、正体のわからない文脈を感じた作り手は多くいたと思う。

廃炉をもとめる人々には、いま、大きな機会が訪れている。
原発だけでなく、メディアのあり方、国家権力のあり方など、戦後のさまざまな問題に目を向ける機会ともいえそうだ。
とくに原発問題と向き合い、投げかける人を中心に、多くの人が、ひとりの市民として問題を考えることができたらいい。それは、一人一人が線量計を持つようなことだろうか。

問題は、デモで意見を発しても、その声をうけとめ、問題認識、解決する方法がみあたらないことではないだろうか。
デモを市民の要請として受け止めて投票したり、会議にかけたりという仕組みはない。
メディアももみ消すような社会では、暗い気持ちになるのはあたりまえだと思う。

そういう難しい問題を、市民が考えはじめたら、政府はめんどうかもしれない。でも、同世代の日本人なら、ふつうの暮らしの中で、どうしても感じてきた閉塞感があると思う。
誰も答えを出すことのできないでいる問題を、警察も、我関せずの人々も、関わる社会や未来の問題として、仕事の立場をこえて考えるきっかけにできないのだろうか。これは、誰が責任をとるとかいうこと以前の、問題の認識の段階になると思う。
それをせずに、抑圧したり、無視したりするのは、自分たち自身のことを真剣に考えることを放棄してしまうことなのかもしれない。

「デモと広場のための共同声明」
http://jsfda.wordpress.com/statement/

記者会見の動画(ユーストリーム)
http://www.ustream.tv/recorded/17570244

「デモと広場の自由」に関しての柄谷さんの考え
http://www.kojinkaratani.com/jp/essay/post-64.html
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by sasanoel | 2011-09-30 00:35 | 記者会見から
福島・飯舘村村民による記者会見、東京で
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8月26日、自由報道協会(東京・上杉隆代表)の主催による、福島、飯舘村の人々による記者会見があることを知り、とにかく行ってみた。最近は電話もしていない、いわきの知人家族のことを思いながら、村民の声を聞いた。

この記者会見は、以下USTREAMに一部始終が収録されているので、ぜひ飯館村の村民の声を聞いてほしい。

110826 「負げねど飯舘」記者会見【主催:FPAJ・自由報道協会】
http://www.ustream.tv/recorded/16879722

<要望書提出の経緯>
震災後の3月15日から20日前後、飯舘村で福島第一原子力発電所の事故による放射性プルーム(放射性雲)による高濃度の被ばくがあった。この対処として、ホールボディカウントによる検査を要請をしたが、責任をもって対応する存在もないまま、村の人々は放射性プルームの中で日常生活を続けてしまった。

飯館村は、放射線量が年間積算20ミリシーベルトに達する怖れのある「計画的避難区域」に指定され、村民や飯舘村に避難してきた人々は、村外へ避難することになった。

村の人々はいま、子供たちも含めて高濃度被ばくをしてしまったという自覚がある。現段階で、被ばくによる健康被害は起こっていないが、何年か経って、症状がでる子供だけでなく、出ない子供にも不安など、精神的影響を与えるだろうと予測ができる。

愛する飯舘村を還せプロジェクト「負げねど飯館!!」』は、佐藤健太さん、愛澤卓見さんほかの飯舘村村民の交流から活動が生まれた。8月25日づけで、文部科学大臣、原子力損害賠償紛争審査会、文科省研究開発局あてに『「放射線被爆による損害」への適切な判定指針の策定に関する要望書』を提出した。

高濃度汚染による被ばく、健康被害に関する詳しい状況を明らかにするために、愛澤さんたちは、被ばく直後にホールボディカウンターでの検査を要望していたが、かなえられたのは、被ばくから随分あとになってからで「今さら」という時期になってからだった。
安定ヨウ素剤は村まで来ていたが、どう飲んだらいいかなどの指導はなかった。
3月25日に、「この程度なら心配ない」というリスク管理アドバイザーが来るまで、政府や東電からのフォローはなかった。後から考えてみると、その場しのぎでしかなかった。

提出された要望書は、目に見えないが、確実に身体を蝕んでいく放射能の危機にさらされた福島の、飯舘村の人々の命や未来を、誰がどうサポートできるのかを問うものだった。
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現在、村民は、福島市などに避難しながら、市役所の仕事や動物の世話などで、いまも約100名が村内に留まっている。
村民にとって、飯館は、美しい、何ものにも代え難い故郷だ。除染をして住めるならいいが、山が除染できるのか?子供たちが住んでもいいと思うか?などの疑問が拭えない。帰りたい、という気持ちはあっても、「子供が住むにはどうなんだろう?」と、誰もが悩んでいる。

福島県産を食べて応援になるのか?

この問いについて、愛澤さんがふれ、記者会見を締めくくる回答となった。
ここでも愛澤さんは、「私がいうのは全体の意見ではないが」とした上でづぎのように語った。以下、愛澤さんの言葉を紹介する。

私の周囲も、スーパーで福島県産の野菜を手に取りません。絶対食べないとかではありませんが、私たちはもう十分被爆してしまったと思いますので、これ以上食べたくないなというのが正直なところです。
テレビでは『福島県産の野菜を食べて復興!』というのがよく出ます。
わたしは、駅とか、フェアみたいなところで、検査したものがでて福島県産の野菜が安全ですよ、と売られていると思っていました。しかし、東京から来た人の話では、関東圏内のスーパーでは、ふつうに福島県産が出回っていて、とても安いですよ。という話をきいた。実際、会津のほうとかベクレルが低い野菜もあります。風評被害だと思う美味しい野菜もたくさんあります。そういうのはぜひ買って食べていただきたい。ですが、安くなっているということは、農家の人々は相当な値段で買い叩かれているということです。それでも、作った野菜が市場にでていることは、ありがたい。
ただ、これを食べることが復興だとか、逆に、食べないというのは何事か、というのは、それは何か違うんじゃないのかなと思います。
来ていただいて(子供がいる人は連れてこないでください)、買い付けていただくのはありがたいと思います。しかし、安くなっている野菜を食べて、それで復興だというのは違うと思います。
食べる事=復興支援、食べるのが正しい。食べないのがおかしいということではないと思います。
安全な有機フルーツを食べてもらおうと頑張っている人もいるので、協力してもらいたいと思います。

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復興とは・・

「復興」とはなんでしょうか。空間線量が高いところでも、我慢して頑張って生活する事でしょうか。我慢したい人が我慢して、生活できれば復興なんですけれども、福島の人間は被害者、その被害者に特攻隊になって頑張ってくれと言われているような感じも正直うけます。頑張りたい人に頑張れるような状況をつくってください。頑張れない人には、疲れた人には、手を差し伸べて助けてほしい。

もしかしたら、飯館へは帰れないということもあるかもしれません。みんな出て行くということになるかもしれません。そういうときに、飯館にいた子供たちが行った先で、飯舘村出身で、それはいいところに住んでいたと。そこでがんばってくれれば、それが、復興の最低ラインじゃないかと思います。

飯館にいたこどもたちが頑張れる状況をつくってほしい。病気にだってなりますし、事故もあります。生きている間は胸を張って、やりたいことをやれる。頑張れる。そのために支援してほしい。それが復興ということばの最低ラインと思います。

復興ということばを使うのであれば、この問題を解決してください。問題解決を考えずに復興という言葉を使うことに僕は異論があります。復興とは何かということを考えてほしいと思います。


記者会見が終わった。
自由報道協会の記者会見は、報道目的であれば、誰もが参加できる。プロ、アマチュア、マスメディア、ミニメディア、フリーランス、ブロガーなど、多様な人々だった。参加者の中には小学生もいた。

それから、この会場でもう10年も前に、デザイン事務所時代にお世話になったライターの加来さんに再会することができた。隔月のこども新聞を全国の小中学校に発行している。反核、反原発の貴重な情報発信者でもある。嬉しい再会だった。

【写真について】
1点目・左から、佐藤健太さん、愛澤さん、鈴木さん
2点目・会場に集まった人々の中には、子供もいた。
3点目・1点目の写真におなじ
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by sasanoel | 2011-08-27 05:44 | 記者会見から


被災者も非被災者もともに平和で楽しく暮らせる社会をめざして。2011.03.11 ご連絡、記事についてのお問い合わせ、取材依頼は筆者までメールで。sasanoel@gmail.com
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