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エネルギー、日本の中立で平和を呼びかけられるのかも
28日に掲載したものの、タイトル、記事を少し修正しました。

なぜロシアのLNG提案を再考しないの?

先日の脱原発世界会議で、弁護士の河合裕行さんは「放射能よりCO2がまし」といいました。確かにと。しかし、実際は日本の電源へのビジョンが混沌としている。環境問題(自然科学に関わること)・エネルギー問題(市民生活に関わること)・人権問題(モラル、生存権にかかわること)・経済問題(既得権益の解消、雇用促進、輸出入などのこと)などが混在しているようにみえる。
戦後の日米関係を引きずる政府への不信をベースに、原発輸出への疑問、8割をこえる脱原発指向、TPPへの疑問など、政府はもっとも見つめ、大切に議論、説得しなければならないはずの国民の声を無視したK.Yな演説ばかりが、連日テレビで報道される。主流なテレビはほとんど国営放送としか思えない。北朝鮮でも中国でも、こんなに国民に浸透した国営放送はないんじゃないか?と冗談ではないが・・・。

311の震災後すぐの、ロシアからのLNG供給の提案は、単純に、ロシアにとっての経済的生存のための好機だったからだと思う。チェルノブイリの事故後の流れを経験しているからさすが早かった。
いま日本の脱原発は、火力発電を推進していきたいけれど、紛争などを理由にロシアの申し出を積極的に検討しているという話はあまり聞かない。そこにきて、アメリカとイランの対立。
日本にとって、イランもロシアも、アメリカの事情でなく日本の脱原発には重要なのでは。

震災発生時のロシアの提案に積極的でなかった理由は、アメリカの「シェールガス」の活用についても検討していたのではないだろうか。ロシアの申し出以外の代替エネルギーの選択肢が他にもあったということでは。

アメリカで1970年代から採取されてきたシェールガスは、すでに水圧破砕法による水源地の水質汚染の現状が報道され、アメリカのエネルギー政策とそこに関わるブッシュ政権時代の人々の利害関係があきらかになった。明らかになったことは伏せておいて、日本では原発に代わる、エネルギー革命と報じられた。
もうシェールガスの選択肢はないと思うが、アメリカの対日本政策は、高度情報化時代の現状も無視して、とりあえず日本に対する主導権を握れるものに対しては握っておくというような話になっているんじゃないだろうか。

1)ロシア
震災後、チェルノブイリを経験したロシアはいち早く日本への手を差し伸べた。ロシアに豊富にあるLNGを提供したいと。しかし、日本は積極的にこの検討を進めているのだろうか?

「ロシアの天然ガスと日本海経済圏 物流急増で成長エンジンに」(2011年12月15日 サンケイビズ/北畑隆生 兵庫県出身・08年経産省事務次退官)
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/111215/mcb1112150501000-n1.htm

記事にもあるが、本当のところを確かめて、このルートを模索するあらたな電力ベンチャー企業活動があってもいいと思う。リスクの取り方ではないだろうか。政府の理解や支援が少しでもあればいいと思う。

2)イラン
日本は現在、イランから石油のほかにLNGも輸入している。イランからホルムズ海峡をとおる日本行きの燃料タンカーは、1日28隻、うち5席が日本へいく現状(NHKニュース深読み)。
イランと日本の国交関係は正常で、欧米の動きに従いイランからの石油の輸入をやめる理由が欧米に賛同するという理由の他日本にはない。ちなみに中国はイランからの輸入を強め、燃油をめぐって世界を二分しているかのようにいわれるが、ロシアルートを忘れていると思うし、大事なことは、日本が世界を二分する列強の思惑のいずれにも過加担しないことにより、中立による平和を呼びかけることではないだろうか。

いま、脱原発の方策として「放射能よりCO2」を持続可能エネルギーとなるまでの移行期間の代替エネルギーとして採用するため、あらためて石油+天然ガスの確保が必要という話も出ているのかもしれないが、原発を止めるかどうかの問題とリンクさせるまでもなく、イランの石油とLNGがもっとも安定しているし、日本は現状維持できれば十分すぎなのだと思う。


3)アメリカのシェールガスはダメで、結論は?
一方、「エネルギー革命」といわれ、脱原発の方策として浮かび上がったアメリカの「シェールガス」について、池上彰さんも代替エネルギーとして注目していたが、開発過程で生じる水質汚染が、アメリカ全土を襲う公害問題であることを知り、これはいけないと思った。

アメリカ政府は、日本国民のアメリカ依存を増やすことで、実質的な自立を妨げようと必死なのかもしれないが、日本人はアメリカ政府や政策に関連するバイアスを排除して、いまあらためて日本人として自立した考えを示し、世界の中の日本の位置づけを表明できる時期にきている、そうしなければいけないのでは?と思う。

まだほかにも天然ガスや石油のルートはあるのかもしれないが、石油ルートのメインはイランでいいと思うし、脱原発の方策としてLNGを増やすルートはロシアでよいと思う。いずれはどちらの資源も減らしていき、再生可能ネルギーの開発に移行していくことと思う。

TPPに参加するのかどうかは、あやしげな公益団体や政府が推進するのを見ていると心配で、実際のところはよくわからない。というか、勉強が必要。

上記は、昨日から今日までに考えたこと。
最近知ったことをおおざっぱに書き連ねているだけで、ひとつひとつについてはこれから調べていけたらと思う。

<参考>
BSドキュメンタリー「ガスランド〜アメリカ 水汚染の実態」
自然エネルギーとして原発(核)に代わると池上彰も注目していた「シェールガス」の水質汚染に関する実態に関する驚くべき報告を見た。2010年イギリスの制作、日本では同年12月に放送され、11年7月と12年1月に再放送されている。

<番組のあらすじ>
「ガスランド~アメリカ 水汚染の実態(前編)」
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/101213.html

「ガスランド~アメリカ 水汚染の実態(後編)」
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/101214.html


「シェールガス」の採掘地で水圧破砕法(フラッキング)よっておきる水質汚染で、アメリカの多くの水源が失われている。アメリカでは多くの家庭の水道水に火がつき、それを水を飲んでいた人々に深刻な健康被害が起きている。
それなのに、2005年にはブッシュ政権のチェイニー副大統領は「エネルギー政策法」で、シェールガスの開発を「水質浄化法(1972)」・「安全飲料水法(1974)」の対象外とした。チェイニー副大統領は、95年から2000年までシェールガスの大手開発会社ハリバートン社の元代表取締役、その後も筆頭株主。彼のことをウィキペディアでみると、彼のリバートン社在任中に同社は湾岸戦争とイラク戦争で大きな利益を得ていることが書かれている。
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by sasanoel | 2012-01-29 11:35 | 反原発
撤去要求の日を迎えた、経産省テント前ひろば
1月27日(金)17時に撤去が予告された、経済産業省前の原発反対の抗議テントは、昨年9月11日の経産省包囲をきっかけに、4ヶ月にわたり設置されてきた。同日、17時前後、テント活動を支援する市民700人の人々が集まり、活動者たちの声を聞いた。

現地へ行けなかったが、中継で記者会見と集会を観た。
署名をすることだけで終わらせることができないと感じた人々が、集まった。


<参加者>
最終発表時の参加者、750名
終了時の中継視聴者 
 ・IWJ 5200人
 ・ニコニコ動画 29500人
(ライブで参加した人の合計 35450人)

120127経産省前テントひろば撤去反対集会(IWJ)
http://www.ustream.tv/recorded/20033948

120127経産省前テントひろば記者会見 (IWJ)
http://www.ustream.tv/recorded/20031597

経産省前テントひろばHP
http://tentohiroba.tumblr.com/


以下、テント前で話す市民の声を抜粋。

80歳の佐久間さん
2月11日で満81歳、横浜在住。集まった人々に、つぎのような活動の経緯を話した。
「私は、雇用に関する国政への交渉25年間戦いを続けてきた。政府はお金より雇用が大事といったが、雇用は増えず、もう25年間雇用できない。
1945年の敗戦で、8月15日を境に、いままで軍国主義をやっていたのを今日から軍国主義が悪いんだと、教師には何も反省がない。こういう大人にはなりたくないと思った。組織がどうのではない。一人一人が人間らしく生きていくために訴えている」という。

福島県浪江町の酪農家・吉沢さん
吉沢さんは、300等の牛を飼っている。原発から14キロ地点で、和牛を飼い、原発の爆発音を2回聞いた。
3月17日、東電に乗り込んで抗議行動をした。「ぼくの牧場の牛は放射能被爆して売れない。自衛隊や消防庁にまかせて、なんで東電は逃げることができるのか」と話す。
また、「この牛たちを生かしながら、被爆の研究をすればいい。生きた牛が、双葉町や福島の復興に役立つと信じている」と話し、原発の再稼働反対を求めている

‪浪江町酪農家300頭の牛を守る‬
http://www.youtube.com/watch?v=YQ63L1SLuuc

浪江酪農家「決死救命」の決意
http://www.youtube.com/watch?v=d71Nm8zWaqw


最年少の参加者
さまざまな子ども市民の活動のリーダー、中学生代表の富樫泰良(とがしたいら)君、15歳。
「私は、こどもの権利条約について、国会議員の人への授業をやりました。こどもがもっと声をあげられる社会をめざして。選挙権のあるみなさんにお願いします。つぎの選挙では、ぜったいに同じことを繰り返さないでください。ひとりひとりの未来を守ってください。これからのこどもだちも、負担を負いますが、これからも一緒に頑張っていきましょう」と堂々と演説した。

富樫君のホームページ「Club World Peace Japan」
http://togashi.jimdo.com/


オキュパイ・トウキョウの実行委員、松永さん
アメリカのNYウォール街デモ・日本版の取材メンバーで集まり、昨年末から今年のアタマにかけて経産省前テント広場を借りて、インターネットで反原発活動の中継を行ってきた。
ニューヨークのウォール街デモは、公園を占拠して行われたが、日本ではこの経産省テント前ひろばで行われ、オキュパイ東京は連携してイベントをした。反原発は、日本だけでなく、世界中で応援してくれている。
オキュパイ・トウキョウHP
http://occupytokyo.org/ja/forum/index

反原発民主法定より、矢野さん
「警察が撤去するのは許さないとここにきた。福島の45パーセントの人が被爆、たくさんの人が死んでいる。被害をうけたのは人間だけではない。動植物が汚染されている。このような甚大な被害に対し、東電や政府の刑事責任は問われないということでいいのか。
検察に告発しているが、本当にこれらの刑事告発をうけて起訴するでしょうか。JR西日本の裁判で検察は控訴もしないで西日本の社長を無罪にしました。東電や政府の刑事責任はどう追求され、裁かれるのか。権力があるもの資本のあるものが罪を免れていいはずがありません」

原発犯罪を問う民衆法廷の呼びかけ(ちきゅう座・松元保昭さん)
http://chikyuza.net/n/archives/17573


80代の女性、斉藤さん
斉藤さんは経産省前テントに常駐している。この集会の最後のスピーカーとして話した。
「わたしたちは被爆国であるにもかかわらず、世界最大の核爆発事故をおこしてしまいました。中曽根さんは、(読売新聞の)正力松太郎というっしょに原発をもちこみました。原発がなければ、原爆はつくれない。30キロ(圏)とはなにごとか、80キロ(圏)でも足りない。四国の山の奥からもホットスポットが見つかっている。わたしたち一人一人の戦いです」


シュプレヒコールは、事務局の女性が先導を努めた。

「引き続きテントを守り抜く戦いをしましょう。緊張と消耗が狙いと思います。原発がすべて泊まるまでたたかいましょう」

すべての原発をいますぐとめろ
経産省前テントの撤去をゆるさない
こどもたちの命をまもれ
わたしたちの暮らしをかえせ!

げんぱついらない
テントをまもろう
ふくしまかえせ
ふくしまだますな
さいかどうやめろ
いますぐとめろ
憲法まもろう
みらいをつなごう
みらいをまもろう
核はいらない
ふくしまなめるな
わたしたちをなめるな
いますぐとめろ
こどもをまもろう
みらいをかえせ
いのちをかえせ
ふるさとかえせ
すべての原発、いますぐ廃炉
のこりは三基
電力足りてる
政府のうそつき
もうこれいじょうがまんは限界
だまってられるか



テント撤去のために経産省の人々は姿を見せることがなかった。
ニコニコ動画へは、集会をからかうヤジがものすごい勢いで書き込まれていた。
国会中継(NHK)で衆議院本会議場で代表質問が行われていた。
マスメディアはこの集会を中継せず、19時のニュース等でも報じなかった。
ニコニコ動画やIWJなどおなじみの中継メディア、市民らによるiPhone中継が行われた。
撤去されるのかを現地に集まった750人+ライブ視聴34700人が見守った。
多くの反原発の活動家、福島市民、弁護士、ジャーナリスト、テント関係者が演説を行い、シュプレヒコールをあげた。
右翼がスピーチを妨害していた。
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by sasanoel | 2012-01-27 19:46 | 反原発
老女の奮闘。ポーランドから尊厳のある食事とは? 「暖かいスープを召し上がれ」
ポーランドでミルクバー(低所得者向けのレストラン)を経営している老女・ダヌータのNHKドキュメンタリー「暖かいスープを召し上がれ」(制作・スウェーデン)を観た。彼女は、「人は誰でもきれいな店で美味しいものを食べたいと、それが人の尊厳のある食事だ」と。
ポーランドでも、ファーストフード店は大人気で次々と増えている。
マクドナルドのようなフランチャイズ店、スタンディングの食事はニューヨークや東京では忙しいビジネスマンのおやつ、補助的な食事だが、低価格であるゆえに、一方で、低所得者層に高カロリーで偏った貧しい食事として、経済的にギリギリの生活をしている貧困層に主食としても提供される。

東日本大震災で、山崎パンが提供したパンやおにぎりは、非常時をしのぐための配給だったが、6ヶ月も食べていかなくてはならなかった被災者から、炊き出しのあり難さを何度も聞いた。誰も山崎パンを憎んだりはしないし、感謝しているとおもう。でも、毎日は厳しい。それは配給をした山崎パンの従業員、配達した佐川急便のドライバーはおそらくよく分かっただろうと思う。でもこれは、炊き出しやスローフードが上質で、ファーストフードがいけないといった単純なことを言いたいのではもちろんない。ミルクバーの経営者、ダヌータが言うように、「尊厳のある食事」が大事だからだと思う。

1日400人が食事するダヌータの店は、運営費の4割を補助金でまかなっているが、ポーランド政府はその補助金をカットすることを考えていて、つねに経営危機にみまわれている。しかも補助金をもらっているために、仕入れ値を店側でつけることができないそうだ。ダヌークと同年代の経理担当者は、仕入れ値の変化で毎日メニューの値段を調整している。

余裕がある人は、人が生きるために必要な支援についてあれこれ考えるが、必要な支援を考えるためにも、いま何がおきているのかを実際に知らなくてはならないだろうと思う。もし一人でも政府にそういう人がいれば、1日400人もの低所得者が利用するダヌータの店の補助金を切ろうなどと言い出す役人はいなくなるはずだ。

そして、いまこうしてテレビで世界中のドキュメンタリーを観ることができるが、このような食事に関する問題は、ポーランドで起きためずらしいことではないと思う。
ミルクバーのような低所得者向けのレストランは、横浜には港や寿町にもある。そこでは、母の味といえるような昔ながらの食事が出されるため、地元の労働者もランチなどで利用する。寿町はかつて労働者の街だが、いまは地域全体が低所得、単身の高齢者の街で、食堂も一般の労働者はほとんど利用しない。寿町は街全体が福祉と福祉の担い手などで支えられている。
世界で、低所得者がさまざまな境遇のなかで生きているが、誰にもあたたかな、ぬくもりを感じる食事がより重要なこと。その価値を低所得層や、今回東北で被災した人々は経験して知る。そして、日本人の多くは、明日の食べ物に苦労することがなかったが、震災により隣人が非常事態に陥ったことで、食事の質(栄養だけでなくいろいろだが)の大切さを、多くの人が知り考える機会にもなった。

また、日本は平和ボケといわれるが、日本だけではない。日本がお手本とする多くの先進国と言われる国々で、気づかないうちに、本当に豊かで大切な食事も失われつつある。何も考えなくてもいいものが目の前にあった時代はとうに過ぎている。ファーストフード店が流行る社会ではなく、ミルクバーが必要なのに。


このドキュメンタリーは、1月25日まで、NHKオンデマンドで観ることができる。
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/081006.html
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by sasanoel | 2012-01-20 13:26 | 作品から
石巻の反原発家・日下郁郎さんの写真展
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2011年の福島原発災害をうけて、2012年の始まりに緊急開催された「脱原発世界会議 2012 YOKOHAMA」は、1万1500人の来場者、20カ国から50名のゲストを迎え、国内外の市民活動による思い思いのもちこみ企画が100団体から披露され会場を埋め尽くしたていた。また国内約140社・海外約40社のメディアが取材した。
事前の情報はホームページ、メーリングリスト、ツイッターなどのソーシャルメディアを使って行われ、会議の中継は横浜市民放送局、OurPlanetTVなど、市民メディアが担った。

弁護士の河合裕行さんは、15日のメインホールでの原子力資料情報室主催の集会で次のように訴えていた。
「これまでの日本の54基の全国の原発に関して、再度、全て差し止め訴訟を起こしてください。311以降は、原告がいっていたことが本当になった、真剣にむきあおうと裁判官が真剣に話をきいています。
世界平均の100倍の率で地震が発生する日本は、原発を止めたドイツに比べ原発の危険性も100倍。CO2と放射能とどっちが嫌か、考えてみて欲しい。「脱原発依存」しながらゆっくり自然エネルギー社会をめざすなんて優調なことではダメです。明日事故おきたらどうしますか? 浜岡が再稼働して、東海地震おきたらどうしますか? 日本の原発はいま止めるべきだ」

震源により近い、女川原発周辺の市民活動を知る写真展
当然のことながらフクシマ一色のイベントだが、311の震源に近い女川原発がどうなったのか、そして女川原発を擁する石巻・女川の反原発の市民は、何を言おうとしているのかに目をむけてみることは、原発問題の全体をみるとき重要な視点だと思う。

福島の事故で電源喪失や放射能漏れ、メルトダウンといった深刻な事態を招いた、震災直後の原因が津波によるのか地震によるのかの議論があるが、いずれも過去の原発裁判で指摘され、何度も想定されていた備えを怠ったための人災であることは間違いない。どれだけ電源喪失に備えても、高い堤防を築いても、それを上回る災害はいつ起こるかもしれない。
「女川は無事だった」という報道のみなされたが、それが印象づいてしまうことはこれからの防災を考えるとき、とても危険な感覚として残ってしまう。実際は、港から400メートルのところにあった県原子力センターも、国の災害対策施設(オフサイトセンター)も、そして放射線量を観測するために牡鹿半島全域にいくつも設置されていたモニタリングステーションも流され、使用できなくなっていた。多くの原発システムが機能しなくなり、事故から1年が過ぎようと言う現在もそのままだ。

石巻に住む反原発の活動家・日下郁郎さんの自宅は被害をまぬがれたが、地震による津波で漁村や港に近いところに住む親戚を4人もなくしていた。
女川原発建設反対の原告団として裁判に負けてからも、防災計画の策定に関わり、原発に反対する活動を続けて来た。日下さんが伝える写真展がメインホール入り口付近の小さなスペースで行われた。

展示された写真は、311後に自転車で女川へ行き、震源に最も近いところにある原発施設の津波被害の状況をはじめ、津波に傷つけられた街や浜々、人々のいとなみの多くが流された記録である。

忘れたいこと、受け入れがたい風景に背をむけず、メディアが伝えなかったこと、覚えておかなくてはならないことを伝えようと、撮っていた写真をようやく見つめ直しての被災地からの大切なメッセージだった。

東日本大震災後はじめての脱原発の国際会議の主役はフクシマだったが、地震・津波について考えるとき、やはり忘れてはいけない視点だろうと思われる。311後、震源に近い女川原発が真っ先に心配されたように、日本の多くの沿海の地にある反原発活動として、日下さんたち石巻・女川の人々の津波による被害は、これからも伝えていかなくてはならないと思った。


写真:写真展「3.11の津波で崩壊した女川原発の放射能・放射線監視システム」を企画した原子力発電を考える石巻市民の会の人々。中央・日下郁郎さん、左・近藤武文さん
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by sasanoel | 2012-01-19 13:54 | 横浜
脱原発世界会議、その2 日下さんの写真展で会いましょう
年末から、世界原発会議にもちこみ企画で参加する、石巻の原発反対の活動家・日下郁郎氏の写真展のお手伝いをしていました。昨日、写真出力をしましたが、ようやく日下さんの言いたいことを展示できるようになったのかなと思えて来ましたので、こちらにもお知らせしたいと思いました。

「福島第一原発の放射能漏れに関する原因は、津波と言われてきたが、本当は地震によるものたった」ということは、ずいぶんまえから反原発の人々の中で叫ばれてきました。わたしも、このことを問いただす院内集会も見て、原子力保安院や原子力安全委員会の方々が言葉に困っている様子をこのブログでもお伝えしたことがあります。

そのように、いま、反原発の人々の中では「福島地震説」を明るみにしようという動きがあるのに、今回の展示はあえて「津波」をいうことを言おうとしています。

女川原発は、東日本大震災の震源の地域、石巻市と女川町にまたがって立地していますが、原子炉施設のダメージはなかったと伝えられています。しかし、実際は、原発から8キロ、海岸から400mのところにある、宮城県原子力センターとオフサイトセンターは壊滅、牡鹿半島に点在するモニタリングポストも大半が流されていました。

世界に目をむければ、津波も地震も、東日本大震災をはるかに超える規模の災害が起きています。スマトラ沖地震では東日本大震災の10倍もの被害者を出しているということです。日本でも、今後、もっと大きな津波も地震もないとはいえることはありません。
反原発世界会議と、「原子力ムラ」という言葉や存在に対して、「反原子力ムラ」をつくっても仕方ないのだろうと思うし、人間の都合の文脈などは、防災を考えるうえでもっとも考慮してはいけないものなのだろうと思います。

石巻・女川に住む人々と、地域で反原発の活動を続けて来た日下さんは、311の津波で4人もの近しい人の命を奪われました。長年の反原発の活動に揺らぎはないと言っていますが、いま、これからの活動をあらたなものに変えていく大きな力にはなったのではないでしょうか。それは、どんな言葉にできるのでしょうか。まだできずにいるのかもしれません。

震源の地で、原発事故には至らなかった巨大津波ですが、その猛威は、原発関連施設の多くを、石巻・女川の浜浜同様に破壊へと導きました。その惨状と、当地の人である日下さんの心境をこの写真展は伝えてくれるものと思います。

ぜひ、パシフィコ横浜へ、日下さんの展示を見に来てください。

お知らせがギリギリとなってしまいましたこと、また、現時点でもなおどのような写真展になるか、お手伝いした私自身もはっきりとはお伝えできませんことを、お詫びいたします。

会場でお目にかかれる方がおられましたら、ぜひご連絡くださいますようお願い申し上げます。
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by sasanoel | 2012-01-13 09:25 | 横浜


被災者も非被災者もともに平和で楽しく暮らせる社会をめざして。2011.03.11 ご連絡、記事についてのお問い合わせ、取材依頼は筆者までメールで。sasanoel@gmail.com
by sasanoel
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