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復旧にむけて、長い道のりの始まり

この1ヶ月の訪問を振り返って | これまでの写真
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蛇田から牛乳を売りに、石巻駅に来た明治乳業の佐藤さんと今野さん。
「配ってるんじゃないよ。安く、売ってるんだ。コンビニじゃ乳製品はほとんどないからね。自分たちで生きていかねばならないんだから」

3月26日、4月2日、4月9日、4月16日すべて土曜日。被災後、週1日のペースで訪れた。石巻は日々前進している。3月はみな疲れた顔しかなかったが、4月に入ると、少しずつ、掃除など身の回りのことを始めだした。郵便物が届くようになり、請求書が避難所に届けられていたが、銀行もATMも壊れているのに、と、従姉は困っていた。

7日、震災後28日目に大きな余震があり、9日に3度目に行くときはまた少し緊張した。いつも、ゴオォォォという音とともにやってくる余震。石巻では、地震が来るとき、こんな音がするんだというのを知った。9日、16日に行ったときも何度か揺れ、それもなんとか慣れてしまった。ここ(石巻)にいれば、毎日のことなのだ。

9日、まだ一般業務が始まっていない石巻市役所には、避難者がフロアにいた。市役所の建物は避難所ではないが、どうしても、集まってしまう場所だから、仕方がない。でも、公共の場所であり、11日(月)から窓口業務も始まるので、他へ移ってもらわなければならない。役所や学校など、公共のための機関が本来の機能を取り戻すことが復興には欠かせない。

役所の職員もタクシードライバーも被災者だ。しかし、多くの避難所で暮らす被災者には、まだそのことを考える余裕がないのか、物資の届くのをただ待っている避難者が多いという。事情はいろいろだ。
でも生きていかなくてはならない。いま、復興を考える時期ともなれば、自分がどうすることが復興につながるのか、考えなくてはならない。つらい時期が過ぎたわけではないけど、1ミリでも前に進むなら、自発性をもつ、自分の命を自分で考えることが大事と思う。

◇2次避難
今日(18日)のニュースでは、小中学校の始業に合わせて進めようとしていた2次避難を先延ばしにせざるを得なくなったことが報じられた。これでいいのか? 私が状況を知らないだけだろうか?
「石巻・小中学校教室明け渡し 避難者移動を先延ばし」(河北新報2011年04月18日月曜日)
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/04/20110418t11016.htm

一進一退の被災地だが、行政も、水道やガス、電気、電話などの工事や事務作業は、黙々と、着々と進められている。

明友館避難所でも、避難所が拠点になって、物資の配達を行っている。
当初は、孤立した避難所や自宅被災者へ急務だったことが、配給が行き届くようになり、配給の偏っているところへの配達など、濃やかなニーズを集め、土地勘を生かして情報収集して活動しているようだ。

自分たちが生きるために何ができるか、まず自分たちで解決できるように考えることができれば、一歩前進だろう。
by sasanoel | 2011-04-18 23:34 | 東北