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横浜で、沖縄と震災を考えた

5月5日(木)。今週末は、GWの渋滞もあるため、石巻へはいかず整理の時間に。
勤務あけで家にいると、巣鴨のやえさんからメールがあり、横浜へくるというのでお茶することに。彼女は、現在すてきな野望を計画中だが詳細はまだここでは明かせない。ひとつ言えることは、この震災が彼女の中に大きく力を宿してくれたことは確かなようだ。

午後3時半すぎ、おとずれた日本大通りの新聞情報ライブラリーでは、二つの写真展が開催されていた。
一つは「沖縄・終わらない戦後
http://newspark.jp/newspark/floor/info.html#okinawa

沖縄の基地問題について、米軍住宅の残る横浜に住みながら、何もしらなかったことを思い知らされた。フォトグラファ大城弘明氏(沖縄タイムス写真部所属)の250点の写真から、私の生まれる1970年前後の沖縄人と戦争、米軍下の沖縄、沖縄独自の文化、その中での日本の家族、子供、反米・反自衛隊活動、アメリカ人の理解者・・そして、今も戦争の傷跡とともに暮らす人々がいる。写真絶ちは矛盾との共存してきた歴史の証明だ。

もう一つは東日本大震災の報道写真展。
今、新聞博物館の中には、3月11日の号外をはじめ、震災直後の報道の現物が展示されている。あれからまだ2ヶ月と経っていないのだ。
http://www.kanagawa-kankou.or.jp/event/museum/2011/03/museum-10054.html

両展示とも、会場には多くの人が写真を観に来ていた。
沖縄の展示は会期を延長して15日まで行われている。
写真からは、大城氏の親戚が横浜にいること、横浜、神奈川にも沖縄県人会があるということを知る。米軍住宅のある横浜と基地の存在に苦しむ沖縄では立場が違うけれども、神奈川ということでは座間、綾瀬などもある。それぞれに受け止めが違うし、何よりも戦後が違う。写真はそのことをまざまざと知らせてくれる。


ところで、原発問題は、沖縄の基地問題と共通する点が多い。
基地と原発、どっち・・・?

Not In My BackYard「NIMBYシンドローム(症候群)
「自分の裏庭には作るなと言うが、利益は得たい」そんな身勝手なことを日本人は言えるのだろうか。もはやそうは言えないだろうと思う。

過去の放射能事故がそうであるように、今回の日本の放射能事故は世界に影響する。日本は世界を視野にこの問題を考えなくてはいけない。日本人の豊かさや生活水準の向上、幸福、日本人のためのそれらのリスクを今、世界が担っているといえるのではないだろうか。
自然と人類の関係をどう考えるのか。国際社会の平和を考えて、さまざまな立場、視点の社会が真剣に向き合わなければならない時期がきたのだろう。
アフガン、バングラディシュ、中国からも日本は支援を受けている。国際的援助は経済的に貧しい国からも寄せられている。日本との政治的緊張関係にある国からも・・。この震災を機会に、日本と国際社会の立場は逆転した。それを日本人はキチンと受け止め、50基以上にもなる原発をどうするのか、唯一の被爆国として歴史に学び、選択、行動しなければと思う。
広島の語り部たちは、今回の事故や今後の電源開発についてどう意見するだろう。

深夜3時過ぎ、宮城県で震度3の地震。横浜でも多少揺れた。
by sasanoel | 2011-05-06 03:09 | 横浜