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「折り鶴」は感謝される?

GWがあけたら、石巻へ行こうと思っていたのだけれど、今回は見送ることにした。
これで2週間あけることになってしまう。

「折り鶴を折ったから、持って行って欲しい」と言われた。
デイサービスのお年寄りがリハビリのために折ったものだ。現地へは行けない人々の想いが込められている。
少し考えたが、どこ(だれ)に持って行けばいいのかわからず、良い案も湧かず、すぐに返事ができなかった。

「折り鶴」「千羽鶴」に関しては、折った人たちの想いが込められているだけに、被災地で快く受け取ってもらえるかどうか、逆に被災者を傷つけたり、持てあましたり、ゴミになるだけなどというネットの書き込みもあり、心配だった。
しばらく答えあぐねていると、「まあ一度観てから考えて」ということだったので、そうだな、もしかしたら、オーラを放つ折り鶴かもしれないし。と、保留にしていた。

しかし、いよいよ出発の日となって、「持って行って欲しい」と再度連絡があったので、まだ持って行く自信がないと言うと、とてもガッカリされてしまった。
自分自身もそんなことを決断できなかったことに、沈んだ気持ちになった。さらに、こんな心境で現地へ行っても良い取材にならないな、と、鈍感で、大雑把な私にしてはガラにもない決断だが、ギリギリで行くのをやめにした。
元気のないボランティアの取材者なんて、折り鶴より微妙な存在じゃないか・・。

少しあとになって、「持って行ってから、受け取ってもらう先を探しても良かったかもしれない」という考えが浮かんだ。

今回の震災では、被害が大きく、当初はボランティアが被災地に入りづらかった。でも悩んだ末、入ってしまうことで、実際は受け入れてもらえたことが多かった。自分もそうだった。
折り鶴だって、心ある人をたどっていけば、心から受け止めてくれるところがあるかもしれない。取材で1日を使うのと同じくらい、人の気持ちに触れることができたかもしれない。
もしその鶴が来週もあるなら、持って行こうと思うが、もうその機会はないかもしれない。ボランティア精神を傷つけてしまったと思うと、申し訳ない。
でも、こんなふうに悩んで、考えて、可能な方法を探すというスタイルは、アタマの回転の悪さを補うものであって、変わりそうにない。


私が石巻へ行くのは、取材のためだが、実際、掲載媒体や発表の方法がきまっているわけではない。記録して役立ててもらったり、このブログに載せたり、写真を保存したり・・今のところそんな活動だ。
一方取材は、非被災者として、被災した人々との交流でもある。いい取材のために、取材先を探したり、心の準備をしたりする必要がある。
この週末は、GWもあけたので混雑もないだろう。もともと、人の少なくなるGW後が仕事だ!と、思っていた。しかし、これまでは現地の人の優しさに、いつもわたしのほうが励まされ、わたしの取材者としての思惑が実るのは、ほど遠いように思われる。

現地取材は週1日。予算もあまりない。その中で、実際の日常の変化や、復興の様子を捉えたり、そこに関わろうとしているのだから、準備して行かないと時間はすぐに過ぎてしまう。ちょっと焦っていたようだ。
by sasanoel | 2011-05-13 22:40