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お花見のお客さん(第2話)

5月1日の日和山。遅ればせながら、続報の更新となります)

住吉地区にゆかりのある、東松島市矢本の三上さんご家族
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「チリ津波(1960年)の時は、水は内海橋の下を通ったって聞いたけど、今回は橋を超えてきたんですってね。娘は、工業港から三陸道のインターを通って逃げてきたんです。このあたりはいまだに遺体があがります」

三上さんご夫婦は、現在は東松島に住んでいるが、住吉地区にも住んでいたことがあり、今も住吉に家がある。この連休で、愛知に住む娘さんが震災後はじめて会いにきたので、住吉の家を見に行った。
家は、2階が住める状態だったので、避難の必要なご近所さんにお貸ししている。その方が、仮設住宅に入居がきまり、今度はそのご親戚が使うことになったのだそうだ。

東松島も石巻の沿海部同様おおきな被害を受けている。矢本の三上さん宅付近は、津波が500m手前まできて、止まり、無事だった。しかし、外へ出ることができないまま、停電が10日くらい続き、飲み水やガソリンなどがなかった。灯油のストーブで暖をとり、土鍋・プロパンガスでご飯を炊くことができた。(この話はよく耳にする。電気の時代になって、オール電化など最新設備は大きな被害をうけたようだが、プロパンガス、灯油、井戸、くみ取り式トイレなどがおおいに活躍したという)

北上町に住むご両親が亡くなり、米沢で火葬した。

「来たいと思っても、(愛知からは)なかなか来れなかった。最初は見たくないと思っていたけれども、今日は、生まれ育ったところだからその惨状を見ようと思ってきました」と、娘さんは話してくれた。

(写真:Paraphoto/田中智己氏の撮影)
by sasanoel | 2011-05-17 10:48 | 東北