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女川町議選挙をたずねて 〜どんなことを基準に候補者を選びますか?〜

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写真:鈴木純平(旭が丘では仮設住宅入居完了を祝うお祭りだった)
津波で大きな被害をうけ、延期となっていた女川町の町議会議員選挙は、11月3日に公示され、12日、最終日を迎えた。震災から8か月、選挙カーは、がれきが撤去された平原の路を走り、候補者は仮設住宅を回った。

町会議員選挙の議席12に対して13名の候補者が出馬した。

この選挙戦に、原発問題がどう影響したか、しないのか。福島第一原発の事故で明らかになったように、原発に事故が起きたら、女川だけの問題ではすまされない。町議選にのぞむ女川では、どのくらいの市民がそのことを考えているのか?
そんなことを考えて、12日朝、「原子力発電を考える石巻市民の会」の中心的な活動家である、日下郁郎さんと、写真家の鈴木純平さんの運転するクルマで、女川まで選挙戦の様子をみにいった。

日下さんは、石巻市稲井町に生まれ、大学時代を東京で過ごし、原発に近い前網浜出身の女性と結婚、1970年代から、東北電力・女川原子力発電所の建設反対運動の原告団の一人として活動してきた。奥さんとの出会いが、日下さんを、女川と石巻にまたいで横たわる原発問題の解決を目指して導き、市民運動として広げるきっかけを増やした。
石巻に住み、女川原発防災基準の見直しや、避難区域の拡大に向けて、石巻市や宮城県に働きかけてきた。
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写真:鈴木純平(「原子力発電を考える石巻市民の会」中心的存在の日下郁郎さん)

3月11日の震災で、女川の市街は壊滅した。集落で漁業を営んできた女川と石巻の浜浜は、多くがゼロから数件の家屋を残して津波の犠牲となった。
日下さんの家族の住む前網浜では、日下さんのご家族だけが逃げ遅れ、4人が亡くなった。
津波被害による日下さんの反原発の活動に揺らぎはないが、消える事のない大きな驚きと哀しみをもたらしている。そんな日下さんとともに女川を回った。

反原発の新人候補、阿部みきこ氏
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写真:鈴木純平(阿部みきこ氏の自宅兼選挙事務所となっている女川第一小学校仮設住宅)
反原発を掲げて出馬した候補者、阿部みきこ氏の自宅兼選挙事務所である女川第一小学校の仮設住宅をおとずれた。本人は外回りでいなかったが、鈴木さんは写真を撮り、日下さんはカンパを預けた。

阿部氏が旭ヶ丘にいるというので行ってみた。旭が丘の総合運動公園は、原発マネーで建てられた、野球場や陸上トラックのあるグラウンドがある。最大2000人が身を寄せた体育館は、11月9日、女川町のすべての避難所同様にその役割を終え、投票所に早変わりした。
全ての避難者が仮設住宅へ移ったのを記念したお祭りが、旭ヶ丘の住民たちによって開かれていた。老若男女が得意の太鼓や獅子舞を披露して、多くの人々が楽しんでいた。
結局、阿部氏はいなかったが、獅子舞いを舞った人の中に、反原発の立場で長い間町議会議員を務めた、阿部みきこ氏の父である阿部宗悦(そうえつ)氏がいた。阿部さんは高齢のため、出馬を娘の美紀子さんに譲り、この日は応援に回っていた。


ーー明日の投票、どんなことを基準に候補者を選びますか?


(稲井)
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写真:鈴木純平(石巻市稲生町にある女川町民の仮設住宅で話す候補者と有権者)
女川町にはもう土地がなく、石浜の人々は石巻市稲井に建てられた仮設住宅に住んでいた。石巻市の状況と異なり女川では集落の住民がまとまって移住できている。それは大きな事だが、突貫工事で建てられた仮設住宅は防寒対策をしなければならなかった。高齢者にはとくにウォシュレットも必要だ。
年輩の有権者たちのところへ演説に聞いていたのは阿部しげる氏だった。しばらく、石浜の人々と話をし、去って行った。
その後残った4人の人々にきいてみた。

「この辺りはみんな遠藤です。投票は、親戚や、これまでお世話になった方にします。政策がいい人、困りごとにすぐに応じてくれる人。
311後、変わりました。福島の事故の事はみんなアタマにあると思います。原発も恐いが、年をとってきたから、慣れた風景を見ていたいと思います。この稲井から毎日石浜へ通う人もいます。若い人は、子供もいるから将来を考えていると思う。原発の問題については、廃炉にする期間も雇用が必要なんでしょう。だったら仕事がなくなるわけじゃない」
遠藤さんはこたえてくれた。

(旭ヶ丘)
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写真:鈴木純平(テント内の出店では、焼き鳥や野菜の販売、益子焼体験もありくつろいだ雰囲気)
総合運動公園の野球場に作られた二階、三階建ての仮設住宅が立ち並ぶ。比較的遅い時期に着工したこの仮設住宅は、1階建てのものより頑丈で、暖かいようだ。お祭りに行こうとしていたのか、ちょうど出かけようとしていた女性を引き止めた。高齢者というには若くみえるが、二人のお孫さんがいる。体育館から二階建ての仮設住宅に、二週間ほど前引っ越して来た。横浜から女川へ嫁いで来たという。
「うちは会社勤めですが、原発には反対です。女川は爆弾を抱えているんです。子供たちにも、そう教えてきました。選挙ももちろん、反原発の人を選びます」

(横浦)
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写真:鈴木純平(横浦漁港の上に造られた仮設集落)
共産党の高野博氏の選挙カーが、横浦の仮設住宅の駐車場に到着。「最後のお願い」ということで、候補者が挨拶に立った。仮設住宅からは一人の女性が出てきて、演説のあとに駆け寄ってきた高野氏に握手を求められる場面。日下さんは、応援する阿部みきこ氏のライバルではあったが、ともに反原発を掲げる立場として挨拶と握手をかわしていた。
その後、この横浦で2人に話を聞くことができた。

看護師をしているという、小さな赤ちゃんのいるお母さんの答えは、これまであった年輩の人たちと違っていた。若い人がみなそうだというわけではないと思うが、多くの人がそうであるかもしれない。
「親戚に投票します、期待していないから」ということだった。町議会議員に期待していない。誰が選ばれても同じという。原発や放射能のことは気にならないのか?と聞くと、「もちろん、気になります。でも、誰がなっても同じだから」と。
そこからの話が聞きたかったが、そんなことを聞いてどうするの?と、県外からの私に簡単に言えるような話でもないようで、また、ゆっくりと話せる雰囲気はなかった。

「ここはみんな木村だからね、親戚に入れるよ。しかしね、震災でみんな意識は変わった。いくら親戚だって、おかしな政策だったら選べない」
お母さんとのやりとりを見ていた漁師の木村さんが来て、答えてくれた。

ホタテの養殖が再開したという、木村さん。仕事は、北海道からのホタテが届いたらすぐの作業で、鮮度が重要だから昼夜を問わない。大忙しだ。
先ほど、福島県いわき市に住む息子さんが訪ねてきて、放射線量を測って、いわきへと帰っていった。異常な数値ではないらしい。
また週末のこの日は、美容師のボランティアの一行が調髪しに来てくれた。

ついでに、気になっていたことを聞いてみた。浜の漁師さんは、震災前も原発近くの魚は採らなかったということについて。原発から流れる温水のせいで、排水口付近には奇形魚が多いという噂が昔からある。奇形魚を木村さんが見たかどうかはきけなかったが、漁師さんたちはみな原発は危険だと思っているから、原発の近くで釣り船に乗りにくる人もいるが、釣れた魚を自分たちや家族が食べることはなかったという。

木村さんが行ってしまうと外には人がいなくなり、寒くなってきたので、私たちは石巻へ引き上げることにした。

<選挙結果>
投票者数 5,041票
有効投票 4,998票
1位 さとう良一 無所属(現)574
2位 高野博 日本共産党(現)567
3位 阿部律子 日本共産党(現)540

※落選1名 阿部しげる 無所属(現)210
※新人3名の中で、阿部みきこがもっとも多い288票を獲得した。
※候補者13名のうち2名が共産党で、上位3位内に当選した。
※共産党2名以外の11名は無所属から出馬した。

他、選挙結果は女川町のページで

<参考>
女川町の推定人口:9,932人(2011年10月)
震災前の人口:10,016人(2010年)
震災の死者・行方不明者827人(死者数:449行方不明者数:378)
by sasanoel | 2011-11-16 02:45 | 東北