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大分2012

ちょっと後になったけれど、自分の覚え書きのためにも、大分国際車いすマラソンのことを書いておきます。

ロンドンから大分へ
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10月26日〜28日、ロンドンパラ後の大分国際車椅子マラソンを観戦するために、2年ぶりに大分へ。
26日午後、自転車を借りようと駅へ行くと、大分駅のまわりが再開発の工事中。ここも新しくなるのか。と、古くてもいいのにと、横浜人は思ってみるが、時の流れを惜しむ年柄(きかないで!)なだけかもしれない。。

とりあえず自転車を借り、お腹がすいていたのでMacで適当なものを食べながらFacebookをチェック。トップ選手も到着していて、河川敷かどこかで練習したり、くつろいだりしているよう。廣道純選手から「おかえりやす!」とのメッセージにはほっこりと嬉しかった。

夕方、沖縄から写真を撮りにくる比嘉さんと合流。彼には聴覚障害があるが、喋ることも、相手の口の動きを読んで会話することもできる。2年前バンクーバーパラリンピックでアルペンスキーを撮影した。冬はチェアスキーのトップアスリートらと交流があり、地元沖縄の車椅子ランナーやコーチとも親しい。車椅子マラソンの撮影は初めてだけど、いい写真が撮れるだろうと数ヶ月前から楽しみにしていた。

大分県庁で事前の情報収集。対応してくださったのは事務局の幸さん。
幸さんに、故・ルードヴィッヒ・グッドマン博士の娘であるエヴァ・ルフラーさんにロンドンの選手村でお会いしたときの話を投げかけてみると、親切に話につきあってくださった。
つまり、私たちパラリンピックファンになじみの深い「失ったものを数えるな。残っているものを生かせ」というグッドマン博士の言葉は、どうやら、博士が言ったというより、誰か日本人が意訳して伝わったものではないか?ということ。もちろん、その訳をした日本人は、故・中村裕先生なのでは? ということで・・・。

ちなみに、日本障害者スポーツ協会のHPによると、「失ったものを数えるな。残っているものを生かせ」の元の文章は、「It's ability, not disability, that counts」としている。直訳は「注目すべきは、できるかであって、できないかではない」という感じ。何にしても、これを「失ったものを数えるな。残っているものを生かせ」と訳したことは、多くの日本人アスリートを励まし、協力者やファンを増やした名訳だったと思う。

ロンドンが終わったいまだからこそ、パラリンピックがどこへ行くのか?日本のアスリートがこれからどうパラリンピックに挑戦していくのか?一緒に考えたい。「大分」が日本の障害者スポーツ発祥の地としてあるということを思いながら、今年も車椅子マラソンを観戦しようと思った。

27日・大会前日のウォーミングアップ

洞ノ上選手が河川敷でウォーミングアップをすると聞いて、レース前の選手の様子を観に行くことに。
朝9時すぎに宿泊拠点(ベストウェスタンフィーノ。選手も多く泊まっていたホテル)を出発して、大分市陸上競技場の駐車場へは自転車で10分程度。今年は大分市陸上競技場がトラックの張り替え中で使えず、レース1日前の練習も長い大分川の河川敷がメインの練習場だろう。待ち合わせより少し早めに着いたが、もう洞ノ上は来ていた。

同じ時刻に駐車場に来ていたのは、昨年の大分で優勝したマルセル・フグとデッドヒートを展開した樋口政幸選手(33歳・T54/11位)。レーサーの調整をしていた。
樋口選手は、「ロンドン後は道具からすべてを見直さなければと思いました。練習はトラックに専念します。」と言っていた。
トラックの練習がマラソンでの競技力をつけるということは、ベテラン長尾嘉章(49歳・T54/ハーフ8位)も言っていたし、樋口自身もそう思って練習を続けてきているが、ロンドン後は、より「トラックに専念する」ということだろうか。

沖縄から最年少の城間圭介選手(16歳・T54/ハーフ24位)とそのコーチ・下地さんたちが一緒にいた。城間は樋口選手のレーサーに乗らせてもらい、すごく嬉しそうだった。小さな城間にとってロンドンのトップアスリートたちは英雄。彼はそんな先輩たちに囲まれて3年目になるが、大分では最年少選手として注目されるラッキーボーイ。今年は目標の1時間をきってゴールした。

チーム・ホッキー
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洞ノ上浩太選手(38歳・T54/3位)がトレーナーの荻原さん、同郷の松本選手と一緒に身体を動かしていた。
洞ノ上のストレッチはすごく念入りだ。ストレッチの後は、レーサーの手入れ。大型ワゴン車の荷台には必要な工具がすべてそろっていて、移動工房のよう。全国どこのレースへもこれで旅しているのだろうな・・。自転車競技でも使用されるカーボンマジック社製のホイール、固いタイヤ。こだわりの準備も万端。

ロンドンのレースで、1着から0.53秒遅れで6着だった洞ノ上。かなりカルチャー・ショックだったようだが、やる気が萎えたりはしていない。大分も全力でぶつかっていく。
ロンドン後、「自転車チームのようなチームでのレース展開ができれば・・」と、模索していた。また、そのために日頃からチームを組んで練習したいとも。
ロンドンから1ヶ月半で、洞ノ上は大分へもう「チームメイト」を引き連れてきていた。ハーフで出場した、松本直幸(33歳・T33/クラス3位)、渡辺勝(20歳・T54/クラス6位)、田中祥隆(37歳・T54/クラス36位)の同郷(福岡)の3名だ。
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ハーフ初出場の田中は、元競輪選手である。昨年、震災前の3月にトレーニング中に大事故に遭い、T54の車椅子ランナーになった。なぜ車椅子陸上を選んだのですか?
「ハンドサイクルも試したけど、手の運動が中心となります。自転車は全身運動だったから、車椅子レースのほうがいいと思った。」田中選手は言っていた。彼の奥さんも、「競輪のとき以上に練習しているんですよ」と夫の回復ぶりを楽しみ、応援していた。洞ノ上にとっても、自転車を知っている田中が練習チームに来てくれたことは心強いことと思うし、田中も洞ノ上のガッツにつられて始めたというのも半分あるような気がする。

車椅子マラソンの強化体制について洞ノ上は、日本が外国に遅れをとってしまうことを強く感じていた。選手が競技の現場で感じていることは、とても切実だ。今に始まったことではないし、選手は伝えようとつねに努力を続けている。マラソン選手だけではない。他の競技でも日本の課題が深刻な状況にある。水泳の河合純一もロンドンの解団式で「想定していたことが、明らかになっただけ。3位と4位の差で、首の皮が一枚つながったかどうかということでしかないでしょう。」と、言っていた。
私は、シドニー、アテネ、北京、ロンドン、冬はソルトレーク、トリノ、バンクーバーを取材して、パラリンピックは大きく変わったことがわかる。あらゆる立場、角度からの考え方があるが、いちばんは選手の感性を頼りにしてきた。社会が選手の声を受け止め、変わっていく瞬間を見つけ、伝えていきたい。


大分国際車いすマラソン、当日

28日マラソン当日は雨が心配されていたが、雨上がりの夏日となったことには、ロンドンでのマラソンの日を思い出した。
結果からいうと、マルセル・フグ(スイス)圧勝だった。ニュースはすでにパラフォトに寄稿しているので、ぜひそちらで読んでいただきたい。

ロンドンのランナーが大分に集合! 第32回大分国際車いすマラソン明日から(10月27日)
http://www.paraphoto.org/2006/?article_id=865

マルセル・フグが圧勝!(10月28日)
http://www.paraphoto.org/2006/?article_id=866
by sasanoel | 2012-11-02 18:12 | 取材ノート