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下松出身の2人のカメラマン

12月22日、大森にある「キネカ」という映画館で、長谷川三郎さんの撮った映画『ニッポンの嘘 報道写真家・福島菊次郎 90歳』をみた。

菊次郎さん、霞ヶ関かどこかで見かけたことある気がするけど・・・その程度で、事前情報なし。ただ「報道ってなんだろうなぁ」と思いながら、映画をみていた。
映画で感じたことは、「福島さんのありかたそのものが、報道の人生だ」ということ。報道とは、福島さんの生き方を言うのだと。いま、彼を「すごい人」として尊敬するのでなく、超えてやろうとする図々しい人がいることが100倍大事だろう。この映画は、伝説の写真家の話とか、おじいちゃんの武勇伝ではいけない。芸術作品でもいけない。だってそれは今の社会の問題なのだから。菊次郎さんの映した世界そのものが、震災後のいまこそ、見直されなくちゃいけない「ニュース」だと思った。

(フェイスブックページ)
映画「ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎 90歳」
https://www.facebook.com/Nipponnouso


さて、きょうここは、個人的な想いにすぎない一人の友人のことを思い出してみる。菊次郎さんの育った、山口県下松(くだまつ)市。下松駅からすぐのところに、2010年の夏にがんで43歳で亡くなった女性カメラマン、山口ミカさんの実家がある。

ローマで活動をしていた山口さんがわたしにメールをくれたのは、2004年のアテネパラリンピックのあと。それから、何度かのメールでのやりとりをし、2005年にトリノへ行った時は連絡がとれたもののすれ違ってしまい、2006年のトリノ、2008年北京、2010年バンクーバーと3度のパラリンピックをともに取材した。
私たちNPOのメディアでは、障害者のスポーツが健常者のスポーツと区別され、スポーツとしての認識がきわめて低いと考え、障害者のスポーツの魅力が、区別される必要のないものであることを証明しようとしていた。でも、実際、取材対象は、カッコいいアスリートばかりだ。ステレオタイプな障害者像は一瞬でぐずれ去り、選手はただ普通の選手だった。競技をする上での苦労はあるものの、差別や貧困、生存の危機に関わるような問題ではない。スポーツの醍醐味を求めた楽しい取材だった。山口さんは、取材対象や仲間との交流への意欲が旺盛で、積極的に向き合い、亡くなるその日まで、被写体との公私ともの交流を楽しんでいた。

「ルポルタージュが撮りたい」と言っていた。四谷三丁目の土門拳ゆかりの現代写真研究所で学び、その時、下松の自宅で家族に介護される彼女のお爺さんにカメラを向けた。そのモノクロ写真が、彼女の最初のフォトルポルタージュ作品だった。ローマでは作家として風景や人物を撮りながら、ブライダルの仕事をして生計を立てていた。パラリンピックでは、競技の会場で見えたもののほか、障害者馬術や車椅子カーリングの競技撮影をした。もし今だったら、競技ではなく、誰か一人の選手にフォーカスした取材をしていることだろう。いやもしかしたら、スポーツはやめて、被災地へ行っているかもしれない。

バンクーバーパラリンピック前の2010年には、10年以上住んだローマを引き上げていた。がんが悪化していたが、大阪でバイトをしながら、一人暮らしをしていた。3月にバンクーバー取材から帰国したあと、治療のためと、下松の実家へ戻った。

8月、「佐々木さん、私、あと何日生きられるかわからないの。」電話をもらった。
少し前に赤煉瓦倉庫で展示した障害者馬術の写真のパネルを抱えて、私は徳山行きの夜行バスにもうひとりの友人と乗り込んだ。山陽本線の下松駅ではじめて降りた。山口さんの実家は駅からすぐのところにあった。徳山に泊まりながら、2日間で亡くなる直前のひとときを過ごすことができた。

「元気だけが取り柄だった私なのに」と、悲しげに笑いながら、優しく迎えてくれた。もう一人の友人は、山口さんの赤外線撮影による作品で(視覚障害の人と楽しむ)触る写真展をやるために、解説を録音していった。「私の写真で、素敵な企画を考えてくれてありがとう」と山口さんは友人に言った。
「本当は、写真というものが私にとって何だったのか、まだわからない」とも言っていた。「佐々木さんは、パラフォトはこれからどうするの?」と聞かれて、アジア大会の取材を考えていると話したが、それでどうするのか、何を伝えられるのか、本当はわからなかったが、そう言うしかなかった。山口さんのこの問いかけが、いまも私の中に解決しないままある。
私たちが帰った翌日に、お母さんからの電話で山口さんの死を聞いた。

菊次郎さんの映画の最後で、311の映像をみつめる菊次郎さんがいた。93歳で、はっきりとした意識でいまの社会を見つめている。体力が衰えるにつれ、ますます募る危機感に感性は若く、冴え冴えとしてきているのではないかと想像が膨らんだ。その見つめる瞳が、身体が思うようにうごかなくても、自分が撮影した写真から、懐かしい風景をくっきりと青い空や公園の木もれ陽の暖かさを思い出していた山口さんにも見た気がする。

同じ場所で育った写真家が2人。こんなことは、私だけにしか意味のない、偶然にすぎないけれども。菊次郎さんの90年に比べ、山口さんの40年はあまりにも短いのだけれども・・。山口さんの被写体への姿勢・・素早く、直接的に向き合う姿は、彼女が大好きなイタリア的なのか?と思っていたけれど、積極的にかかわる人や被写体と向き合う心のまっすぐさ、律儀さは下松的なのかもと勝手に思ったりした。

さて、来年はわたしも山口さんの年齢になります。

山口さんのフェイスブックページ
https://www.facebook.com/mika.yamaguchi.359778
by sasanoel | 2012-12-26 16:51